~「わかろうとする」から「共にいる」へ ~ 

 

 傾聴を学んでいると、「どうすれば相手を理解できるか」「適切に応答できているか」といった技術面に意識が向いてしまいます。

 

 しかし実践の場では、うまく聴こうと意識すればするほど、かえって相手との距離を感じることがありませんか?
 そのようなときに大きな示唆を与えてくれるのが「オープンダイアローグ」です。

 オープンダイアローグはフィンランドの西ラップランド地方に「ケロブタス」という名のの精神科の病院があります。1954年8月27日、その病院は対話宣言をしました。


★「その人のいないところで、その人の話をしない。スタッフだけで話すのをやめる」

 治療ミーティングは原則として、クライアントらと複数のスタッフでなされることになりました。対話そのものがクライアントとともに治療方針を決めていく場所となり、治療スタッフだけで方針を決める場は不要になりました。

 オープンダイアローグは「統合失調症のケアの手法」、精神的な困難を抱えた人への支援としてとして発展してきました。のちにその取り組みは「開かれた対話、対話を開く」と呼ばれるようになりました。そしてこの決定は「オープンダイアローグの土台」として、今も大切にされています。

 その特徴は「答えのない不確かなの中に留まる」(すぐに答えに飛びつかない、評価や解釈を保留する、すぐに解決したくなる気持ちを手放す)「対話主義」(対話を続けることを目的とし、多様な声に耳を傾け続ける)にあります。

 オープンダイアローグについては、精神科医 斎藤 環氏著「オープンダイアローグとは何か」を読みましたが、その当時はよく理解できませんでした。

 

 2025年2月、神奈川県ひきこもり等地域理解事業「オープンダイアローグ~家族ができる対話の工夫~ひきこもり編」(講師 精神科医 森川すいめい氏)の講演会に参加しました。


 しかし、感覚的に理解していく講演会だったので、おおよそのイメージや雰囲気しかつかめませんでした。「オープンダイアローグ」の本を何冊読んでも、やはり、もやっとした霧がなかなか晴れませんでした。

 

 そこで今年1月、「聴く」・「話す」を通じて、お互いを深く理解し、新しい気づきを生み出すオープンダイアローグの基本知識と実践の学びの場「地域ケアのオープンダイアローグ基礎講座」を見つけ、参加しました。

 オープンダイアローグでは「今ここで何が語られているか」「その言葉がどのように響いているか」に意識を向けます。つまり、理解することよりも、共にいること、対話の流れの中に留まることが重視されます。

 例えば、同じ話を繰り返すクライエントに対して、「どう整理すればよいか」と考えるのではなく、「なぜ、今この話が繰り返されているのか」を急いで意味づけせず、そのまま受け取ります。

 そして、自分の中に生まれた感覚や気づきを、評価を加えずに言葉にして返します。

 「今のお話を聞いていると、少し胸が締めつけられる感じがしました」といった具合です。これは解釈ではなく、自分の内側で起きた反応の共有です。このような応答は、相手の語りを広げ、新たな意味が立ち現れる余地をつくります。
 
 また、オープンダイアローグでは「わからなさ」を大切にします。わからないことを早く埋めようとするのではなく、「まだわからないまま一緒にいる」ことが信頼関係を育てると考えます。


 傾聴においても、沈黙や曖昧さに耐える力は重要です。何かを言わなければならないという焦りを手放し、その場に共に居続けることが、結果として相手の安心感につながります。

 さらに重要なのは、「多声性(ポリフォニー)」という視点です。

人の中には複数の声や感情が存在しています。例えば「変わりたい自分」と「変わるのが怖い自分」が同時にあることは自然なことです。

 

 傾聴においてどちらか一方を正しいとするのではなく、その両方の声が存在できる場を支えることが求められます。オープンダイアローグは、この多様な声がそのまま存在できる空間をつくる実践でもあります。

 では、日常の傾聴にどのように活かせるでしょうか?
第一に、「理解しよう」とする前に「聴こえてくるものに気づく」姿勢を持つ
第二に、「適切な応答」よりも「関係の中でのやりとり」を大切にする
第三に、「わからなさ」や「沈黙」を排除しない
第四に、「相手の中の複数の声」を尊重する

 うまく聴こうとする努力を少し緩め、「共にその場にいる」ことに重心を置いたとき、対話はより豊かに、そして自然に広がっていくと思いました。お願い


【参考文献】
森川 すいめい氏(著)「感じるオープンダイアローグ」医学書院