アメリカ・ワーママ国際結婚物語 -7ページ目

アメリカ・ワーママ国際結婚物語

母/会社員/妻と色々な帽子をかぶり奮闘する毎日を綴っています

前回新しい動画を添付しましたが

こっちの動画を先に作ったんだったキョロキョロ

 

 

初めてのYoutubeでドキドキでしたよてへぺろ

最初は何が何やら💦

小学生の娘の方が色々知ってて

技術指導を受けてしまった笑い泣き

やっぱりネット世代は凄い

 

しかも

 

「定期的にアップした方がサブスクライバーが増えるよ」

 

とか

 

「検索で引っかかり易いタイトルにした方がいいよ」

 

とか、

 

あなたは一体おいくつですか?

 

と、聞きたくなるお言葉を数々頂き

 

短いながらも何とか出来上がった次第です。

 

でも久々に娘とあーだ、こーだと効果音で遊んだりして

楽しかった〜

 

 

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50代にして勉強するのは
さほど大変ではない。
仕事がまだ出来る能力があるのだから
勉強も同じ脳を使う作業。
 
でも、何が大変かと言えば
仕事、育児、家事をしながらなので
時間を作るのが難しい

 

 

なるべく時間を有効に使い
無駄なエネルギーで
体力を無駄にしないこと
 
さもなくば
さあ、夜勉強しようとなった時
眠くてもう全然捗らない
 
そういった意味では
時間の管理が上手くなったような気がする
 
あと、コロナになって
親戚とのつまらない集まりがなくなったのも
ありがたい事で
時間を有意義に使える事にもなった。
 
 

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アラフィフになって大学に通い出した。

OL時代10年お金を貯めたけど

コミュニティ・カレッジ(二年)に行けるだけしか貯められなかった。

 

その後アメリカで就職して

結婚して

子供が出来たけど

やっぱり大学を卒業したかった。

 

で、50代になって

やっぱり4大卒業を目指したくなった。

 

子供も小学校3年生になったし

仕事をしながらだけど

学業を再開することにした。

 

大人になってからの学びは楽しく

実用性も見えてくる。

仕事へも深い全体像が見えてくるのがわかる。

嬉しいのと同時に

 

もっと早く勉強したかった。

 

高校卒業後大学に行って

キャリアのある仕事に付きたかった。

ずっと一般事務をやっていて

退屈で仕方がなかった。

 

うちの父は昭和一桁生まれ。

「女に教育はいらない。結婚して子供を育てるのが女の仕事」

と、大学には行かせてもらえなかった。

行きたいなら自分の金で行けと。

 

どうしても英語は勉強したくて

自分でバイトをしながら英語の専門学校に二年行った。

週末は結婚式場、平日は夜スナックで

365日毎日仕事して

生活費と学費を稼いでいた。

 

卒業後はOLになり

引き続き英語の勉強は続け

TOEFLの学校に仕事帰りに通ったりもした。

 

勿論、OL時代は留学資金を貯め続け

10年間で600万円貯めた。

 

そして33歳にしてアメリカ留学をした。

 

つづく。。

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最近はアメリカへ留学する子供が減ってきているそうだ
理由は大変だから
何だか意味が分からない
留学とは大変な思いをしに行くことだから
と、いうことは、大変な思いはしたくないと?
 
大変な思いをしないと
人は成長しない
それを避けていると
いつまで経っても
未熟でつまらない人間のまま
 
楽なことってそんなに良いことかな?
退屈じゃない?
 
長いものに巻かれ
皆と同じが大好きな日本
ボーダーのシャツいい加減見飽きたよ
もっと自分自身に責任を持って生きていこうよ
 

 

 

 

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アメリカで
 
その日の51%が良い夫婦関係を築けたと思ったら
自分達の結婚生活は良しとする
 
というのを聞いたことがある
 
結婚の良し悪しとは100か0かじゃなく50/50で
49対51で、51%が良いとされれば
まあ、良いんじゃないって事
 
物事はっきりのアメリカだから
 
80%以上良しじゃなきゃ
私達の夫婦関係は良しじゃないわ!
 
と思いきや
 
半分をちょっと越えたら、
 
まあ、いいんじゃね?
 
ってなるとはちょっと驚きキョロキョロ
 
それほど、結婚に期待するなって事なのかな
 
離婚先進国、中々シビアだね
 
 

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今、何かやりたいことがあるなら
直ぐやろう
 
直ぐに到達できなくても
出来ることからやり始めよう
 
兄は末期の癌
彼の人生は残り少ない
 
来年のお正月は彼には迎えられないだろう
 
彼とはあまり接点が見つけられなく
私は彼と距離を置いてきた
迷惑な事も散々やられ
つらい思いもした
 
もうここまでくると、彼の人生に私がとやかくいう権利はない
 
そして、彼の終期が近づいているからと言って
彼を好きになることは出来ない
 
ただ、同じ親から生まれた者として
誠意を持って対応していくしかない
 
それが今の私に精一杯出来ること
 
 

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20年前日本を離れ
一人アメリカに来た
自我が出てきた頃からの日本での20年と
ここでの20年
 
ここでの20年の方が早く過ぎたような気がする
色々な変化があったから
 
日本に居た時は毎日同じ事の繰り返し
とても長く感じた
 
何も成長してない気がしていた
何も成長してないわけではなかったが
自分の思う通りに生きていけてない気がした
 
皆と同じが良いこととされている社会に違和感を感じ
個性的に生きて行きたくて
日本が窮屈に感じていた若き日々
女で低学歴は大人しくししていろという理不尽さ
 
今の歳で大学に行っているが、今更キャリアにはもう遅い。。
 
私の居なかった20年間の日本はどんなだったんだろう
 
何かやり残していたものがあると思うのはなぜ?
 
 
 

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軽い人は嫌いだったのに
結婚したのはまるで信念のない人
人生の意味なんて全然考える気がないし
考えてもわからない
人生で一番大事な事とか
信念とか、難しい事は関わりたくない
だから子供のしつけなんて出来ない
だって、自分自身がわかってないんだもの
何が人生で大事かって事
そんな人と時間を共用することに
何の意味があるんだろう
この空虚感に耐えられない
 

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