calicocoのmy Pick
こうやって若い世代が
どんどん今まで常識だった事を変えていくのは素晴らしい
そして、それを発信していくのは成長するためにも良いこと
彼のチャンネルは結構エグいのもあったりするけど
どれもリアルで深い
ドキュメンタリー好きの私はすっかりハマってしまった
私の原点↓
私が若い頃の日本は、私が居た20年前までの日本は
とにかく、いい加減で、軽いノリが良いという風潮があって
重く、深く考えている人は馬鹿にされる傾向があった
「一生懸命」なんて、ちょーダサっみたいな
まあ、青春期まさにバブルというのも、更にそれを強化したのもあったんだろうけど
長いものに巻かれ、個性は殺してみんなと同じことをするのが美徳とした
空っぽな人間たちがウヨウヨいて、持て囃されていた時代
私はそれが耐えられなかった
まあ、今は外からだけど
もっと個性を重視し、一人ひとりが自分に責任を持ってきているように見える
多分それは、終身雇用がメインストリームでなくなり
皆と同じことをして、その他大勢に紛れていても
リストラとか、派遣社員とか
自分の身は自分で守らないと生きていけなくなってきているからなんだと思う
今までは、大勢の人の中で守られて楽をしてきたけど
やっぱり派遣社員とかも、その人自身の能力で評価される訳で
人と同じことをやっていたら死活問題なのだと
やっと皆わかってきたみたい
日本は資本主義の国なのだから
それが当たり前ったら当たり前なのだが
今までが、終身雇用という資本主義とは真逆のものに守られてきて
資本主義だけど、資本主義じゃないシステムに生きてきて
すっかり資本主義じゃない社会が当たり前になっていた感がある
戦後の焼け野原からの復興には
生活を立て直し、安定されるという意味で確かに助けになったけど
ある程度自分で立てるようになったら
集団に守られているのは
逆に能力、ハングリー精神を滅ぼしてしまうことになる
資本主義は、実力主義って事だから
アメリカに来て今年で20年
人間一年生をまた最初から始めて
人生の修行を一から始めた
33歳でここに来たけど
ある程度大人だと思っていたけど
私はなんて生ぬるい所で生きてきたのかと
痛感させられた20年
自分の事は自分でしか責任を取る人がいない
そこが日本とアメリカの違い
でもだんだん日本も一人ひとりが逞しくなってきているみたい
本当はそれが日本人の姿なんだと思う
あれから3ヶ月が過ぎたけど
まだ3ヶ月、もう3ヶ月って感じ。
ひとりだから、自分で自分の気持ちは面倒みて行かなくちゃいけない。誰も助けてくれないよ。誰も手を差し伸べない。忘れていくよ、人に不幸があった事なんか。だから、これちょっとツライとかってなったら、自分から、人に助けを求めないと、凄く辛くなってからだと、もう、自分からは言えないほど、おちてしまっている。
うちの母はとにかく人にも、物にも、事にも不器用で、、、
母は、ちょっとした事で父を怒らせることを尽く恐れていて
それを私達にもいつも言っていた。
「お父さんの機嫌を損ねないように気をつけて」
専業主婦だった母とは
時間を過ごす事が父より多かったので
勿論、父への見方は母の視点から。
でも、父としては、あまりに要領の悪い母に
いつもイライラしていたのではないだろうか、と今となって思うことがある。
彼はかなり仕事の出来る人だったので
疲れて仕事から帰ってきて
段取り悪く家事をして散らかっている家に帰ってきて
「一体、どうなっているんだ?!」と
不満を持っていたに違いない。
勿論、父が居ない時は、父を褒めることは暗黙の禁止で
いつも、母の愚痴に付き合わされ共感する事が自分のサバイバル。
さもなくば、いつも父の居ない日常で、兄、母、私の生活の中で
父サイドに着くというのは死活問題。
子供は、時間を多く過ごす方の親の意見は正しいものだと認識する。
それが、バイアスされていることは分かっていても
いつも一緒にいるから、そういうもんなんだと思い込む。
それが他人なら別に良いけど
自分の親となると
片親だけの偏った評価を植え付けられるのはどうだろうか。
いくら駄目な親でも、自分視点から見るというのは大切なんではないだろうか。
だって、自分の中にあるもうひとつの遺伝子なのだから。
癌になったという事は、並大抵の精神状況ではいられない。ましては、余命宣告されたら、人間、普通の精神状況ではいられない。だから、助けが必要なら受診して下さいではなく、毎回の検診時に、そのままカウンセラーに会うという体制を作ってみたらどうだろうか。そうする事によって、支える家族の精神的心労も軽減するのではないだろうか。癌患者を支える家族は専門家ではないので、そういう、人間生命の極限に立たされた人の精神的苦痛を受け止めるのは、素人の家族にはあまりに過酷だ。
この歳になっても、母親の死ってめちゃキツいわ。