アメリカ・ワーママ国際結婚物語 -4ページ目

アメリカ・ワーママ国際結婚物語

母/会社員/妻と色々な帽子をかぶり奮闘する毎日を綴っています

結局のところ、上司や会社社長も人間。
仕事上とは言え、自分の私感が入ってきてしまう
上司になる人が全て聖人君子で有る分けがなく
人間的に不道徳な人とか
何でも私感で判断する人だっている
じゃあ、何でそんな人が昇進して上司になれたの?

その上司の人もそういう人だったから

類は友を呼ぶとは正にそういう事

もしくは、その上司、勉強(仕事)は出来るけど
人間としての人を見る目が劣っているからとか

就職試験だって
同じ職歴、学歴の人が応募してきたら
ぶっちゃけ最終的には
試験管の「この人感じ良さそう」
という全くプロフェッショナリズムからかけ離れた基準で
選ぶことになるのは暗黙のルール

あの会社はブラックだよとか
あの会社の人事はダメだねとか
「団体」として人は見るけど
突き詰めていくところの
その会社の中にいる不道徳な事をする

個人=人

が、モラルのない人だと言うのを
はっきり指摘しないと駄目。

会社というもや~としてはっきり見えない「もの」ではなく
その個人が悪いというのを認識するべき。

その不道徳な人は会社の中に隠れて見えないようにしてるけど
車の運転と一緒で
車自体は動かないけど
車を運転してる「人」が
あおり運転したり、不道徳な行動をするから
事故が起こる

結局のところ
ひとり、個人の判断が
団体としての判断を決めている

家族が全員亡くなるのは、自分が家族を持ってもやっぱり空虚な感じになる
自分の子供時代の思い出が、悲しい思い出となる。
思い出す度に、悲しくなる。
夏場の朝の日
出勤が早い私は
いつも小学校の夏休みのラジオ体操を思い出す
ご飯も食べず
朝起きてそのまま学校の校庭へと歩く時の朝日
母に叩き起こされ
兄と二人
ぼーっとしたまま歩く遊歩道
うちはそんなに旅行やら大イベント満載の家族ではなかった
だから思い出すことは
日常の当たり前の時
朝日の感じとか
歩いている砂利道の感じとか


アメリカに嫁姑問題があるかと言えば

あります。

先日私のフェイスブックでの投稿が気に入らないと
長いメールを送ってきた姑
いやいやフェイスブックは自分の気持ちを自由に書く場所で
世界を変えようとか思ってませんので
と、やんわり返したら
前回の二倍の長さのメールで私の投稿は最低だと延々書いてきた。

要は、自分の姉が私の投稿を気に入らなかったらしく
それで私に文句を言ってきた。

気に入らないなら
そのままスルー

それがSNSのお約束
でも、最近は親世代がフェイスブックに参加し始め
既存のルールが分からない模様。

気軽な日常をフェイスブックに載せていた若い世代が
どんどんフェイスブックをやめていくのも分かる気がする

別に義母の姉に直接メッセージを送ったわけでもなく
フェイスブックの規定に反しているわけでもないのに
メールで上から目線で批判してくるってあり?

義母とその親戚全員、私の投稿が見れないように
設定しました

私がフェイスブックをやめようと思ったけど
なんで何も悪くない私がやめなきゃいけないんだろうと
ふと思い、設定を変えただけに致した次第でございます

もうこの人とは一生会いたくないと思った出来事でしたよん

マスクをしない人は私は嫌いである。

それは自己中だから

私の夫はそれでうつされたし

娘もそれでうつされた

 

しかも娘はハイリスクで

子供なら5日程度で、下手したら一日で治るところ

いや

無症状の子もいるのに

子供がコロナになったのを学校にも届けず

一日休ませてマスク無しで学校に行かせて

 

ばーーーっん!

 

うちの子にうつしたよ。

うちの子は元々喘息持ちで

5日目の夜咳が一晩中止まらず

翌日医者に行ったら

もう五日間隔離してくださいと言われ

薬をすっごい処方され

未だに10歳だというのに一人で子供部屋に隔離中

 

私は子供と直接10日近く会ってない

 

これも皆無責任な親のせい

 

てめーのガキにマスクさせろよ!

 

何もしたくないのは、鬱の兆候なのだろうか。それとも朝型人間でないが故のただぼーっとした状況なのだろうか。締切が直ぐ側にないと、ダラダラとエンジンが掛からない。しかも、なんとも単調な仕事。まるでやる気が起こらない。そもそも誰とも話さない一日、会社に来る理由もない仕事。ただ、モニターが2つある方がやりやすいからという理由だけ。頭を起こす為に音楽を聴いたとて、その世界に入ってしまうのが落ちであるし、とにかく仕事したくない、気分が上がってこない。無理やり作業を始めてみても、単調な仕事ゆえ、集中力が持続しない。こんな日は、一日本でも読んでいたい。ぼーっとこうやって文章を書いていたい。



私は世良さんや、秀樹など

熱い、ちょっとやんちゃでワイルドな色気がある歌手が好きで

ジュリーはちょっと中性的というか

静かな色気がある感じで

子供のワタシには理解できなかったんだと思う。

夜ヒットは夜10時からで

小学生の私はもう寝てなければいけない時間

たまにトイレに起きて、母が見ているのをチラッとみたりして

でも、「ほらほら早く寝なさい」と子供部屋に返されて

しっかりと見たことはなかった。

 

この映像、、、もう参りました

素晴らしい。ただの歌番組の粋を超えてます。

ジュリーがなんとも妖艶な美しいこと

歌詞もかっこいい

大人の魅力です、あっぱれ

 

 

 

 

この曲を聴いていたときの私はまだ小学生で
なんと大人な曲なんだろうと思っていた。
と、同時に、その頃浅間山荘とかの事件とかで
特集のバックグラウンド流れていたりして
なんか怖い曲だなあ~という印象も持っていたりした。
70年代は激動の時代で
子供ながらに大人の世界も垣間見ていた時。
あのときは、自分が2020以降どんな大人になっているかなんて
まるで想像できなくて、あまりに遠い未来だった
今では親になり、人生も終わりがそろそろ見えてくる世代
子供の頃は早く大人になりたかったけど
まあ、大人になるということがどういうことなのかも
全くわかっていなかったけどね

 

 

 
 

 

20年というのは改めて長い年月なのだと実感したのは

今年、日本に一ヶ月滞在したとき。

私はこの20年間、4回くらいしか帰ったことがなくて

他の日本人専業主婦奥様のように

毎年がっつり子供の夏休み三ヶ月日本で過ごすということは

仕事をしているので出来ないので

毎回帰るのは一週間程。

二十年ぶりに一ヶ月日本に滞在して

20年の空白の時間は長いなあと。

色んな事が変わっていて

現地の言語は分かるけど

外国にいるような感覚

アメリカでの20年はあっという間だったので

そんなに長い間だという実感がなかった分

私はこんなに長く日本に住んでいなかったんだと思った。

大多数の働いている人達は私より若く

ああ、私は彼らの親と同じくらいの世代なんだと不思議な気分になる