アメリカ・ワーママ国際結婚物語 -3ページ目

アメリカ・ワーママ国際結婚物語

母/会社員/妻と色々な帽子をかぶり奮闘する毎日を綴っています

人間は、人生を良いものにしようとするのが常とされていて

一生懸命努力して成功したりするけど

結局最後は死んでいく

 

なんか、散々頑張ったのに

最後は死かよって

ちょっと納得いかない

 

いや、人生は結果じゃなくて

過程だから

 

って云う人もいるかも

 

そうなのかな

 

色々波乱万丈の人生を駆け抜けて来たのに

最後は死で、その人が持っていたものは

全部片付けられてその人と一緒に消えていく

 

じゃあ、私が今やっていることは

意味があるのかな

 

勉強したり

本を読んだり

所謂人生豊かにしても

最後は結局死ぬんじゃん

 

今日は兄の命日

56歳で亡くなった彼は

きっと色んなことが途中経過だったはず

実際、余命宣告を受けても

受け入れられず

死にたくない

と最後まで言っていた

 

私は元々熱い意思がある人だけど

そんな志半ばで逝った兄を思うと

だらだらいい加減に生きてる人たちが

大嫌い

 

私の嫌いな同僚の様に

働く事が嫌いでサボりまくっているとか

かと言って、プライベートが充実しているわけじゃなく

無趣味でだらだらしている人。

何の為に生きているのよ?

 

兄の様に人生の時間が必要な人がいるのに

そう云う同僚のような人ほど、長生きしたりして

世の中不公平だよね

 

まあ、世の中はそもそも不公平なものなんだろうけど

 

映画House of Gucciというのを見た。

元々、Gucciのお家騒動があったのをうら覚えしていて

それが映画になったと言うことで見てみた。

主演はLady GAGA。

正直言うと、彼女がデビューしたときは

彼女の音楽が好きでなかったのと

あまりに奇抜ないでたちに

才能のないただの目立ちたがり屋と

どちらかといえば好きではなかった。

そんな中、彼女がスーパーボウルでアメリカ国歌を歌ったのを見て

度肝を抜かれ、彼女の才能を確信した。

 

なんと歌が上手いのだ!

 

で、映画はというと

まあまあの出来

 

キャラクターのデベロプメントが弱い

ストーリーはどうなるか分かっていたけど

そこに至るまでの各キャラクターの精神的過程や

人間としての成長の過程がないので

え、どうしてそういう事をしようと思うの?

っていう感じでイマイチ映画のクライマックスに行くのに

置いてけぼり感

映画の醍醐味はキャラクターの精神的進化の表現方法にあると思うのだが

そこがない

ストーリーだけ伝えようとするニュース素材のように

中に厚みがない

アル・パチーノとかジェレミイライアンとか

いい役者さんいっぱい出てるのにもったいない

レディ・ガガもいい演技してる

彼女の存在感がガンガン出てる

で、彼女の目ヂカラが半端ない

すっと、立ってるだけでかっこいい

彼女私と同じでそんなに背が高くないのに

凄い存在感あって、大きく感じる

 

ミュージシャンが演技するのには二通りある

演技も凄い上手いのと、めちゃ下手なの

家族ゲームを見たとき長渕剛は演技も上手いなあと感心した

でも、我が愛するジョン・ボン・ジョヴィは演技は全然ダメ

自分の書いた歌詞を歌っているときは魂入っていてかっこいいけど

人が書いたセリフはダメなのかな

今回のレディ・ガガは演技も上手いミュージシャンだなと

 

また、このセメスターは絵画の授業をとっている。

元々絵を描くことが好きだったので

授業というのにリラックス度最強

この10年ほど、仕事や子育てに忙しくて

映画や音楽とかなり遠くなってしまっていたけど

芸術って精神安定にとっても重要だと

改めて再確認している今日このごろだ

 

 

 

 

 

 

思ったんだけど

血縁があっても

他人だったら友達にならないだろうなと思う人もいるのに

結婚なんて他人なんだから

長く続く方が不自然な気がする

恋愛してる時なんて

舞い上がってるから

この先結婚生活がどうなるかなんて分かるわけない

精神科の世界では

恋愛期間中は

ある意味精神疾患に掛かっている状態だから

重要な決断はしないほうがいいとまで言ってるらしい

でもプロポーズはその真っ最中にしてしまう

長い幸せな結婚生活している人なんてほんとごく僅かななのに

そうだって誰も言わない

逆にそうあるのが普通で大多数だって言ってるのって

ホント建前以外の何者でもない気がする

私がアメリカに来たかった一番の理由は

女性の立場が日本より認められていることろ

日本では女性が自分の意見を言おうものなら

コテンパに叩かれる

でも、アメリカは

女性がメチャ強い

ヒラリークリントンみたいな女性は珍しくない

ってかアメリカの女性は皆あんな感じ

しらーと

「はい、言いたいこと言ってますけど、’何か?」

って感じ

共働きも当たり前だし

女性はたまたま子供を生むけど

子育ては男女両方でするべきと論する

確かにそうだよ

だって子供は二人で作ったものでしょ

男女同じように学校に行くのに

しかも女性も同じように優秀な成績を取っているのに

なぜ社会に出ると結婚、出産で女性が仕事を辞めなきゃならないのかわからない

優秀なら、性別は関係ないはず

女性よ、大志を抱け

 

 

人生も折り返し地点

というか

人生は永遠に続く神話はないのだとわかり始め

残りの人生をどう生きるか

考えるこの頃

そう考えると

嫌なことに使う時間をいかに減らすかに尽きる気がする

若い頃は

色々経験して成長していくから

良いも、悪いも全部受け止めて

大人になってきた

でも、もう一通り学んで経験して

これからは

良いこと集めに専念しようかな

でもまだ仕事してるし

嫌なこともたくさん起こるだろう

面倒な義家族に振り回されるだろう

でも

そういうネガティブなバイブに

支配されない人生を送りたい

そういうネガティブな波をうまくかわし

排除する素手を身につけたい

会社というのは厄介な所で

人生で一番長い時間を共にする同僚、上司達だが

何の共通点もないので、仲良くなろうとするのが

そもそも無理な話という事だ

 

まあ、仕事上そんなに接点のない人なら

適当にやり過ごす事も出来なくないが

毎日密にやり取りをしなければいけない上司や同僚と

意見が合わない、というのは精神的ストレスになる

 

私は、仕事をサボる同僚を寛容する上司が

どうしても納得出来ない。

サボり、私に仕事を押し付ける同僚

時には、私がその同僚の悪さをその上司に言ったので

その上司までもが私に辛く当たる、さらには虐めてくる。

 

まるで虐めを受けている子が担任の先生に助けを求めたのに

「虐めらるお前が悪いんとちゃうんか?」

と虐めっ子に加担する教師みたい

 

仕事が全てじゃないと人は言うけど

家族より起きている時間の殆ど全ての時間を

一緒に過ごす人達

まあ、物理的に大きな割合を

精神的に占めてくるわけで

 

また、ストレスを溜めないためにはやり過ごす

と人は言うけど

一緒に仕事をする以上「やり過ご」せないしょっ

パンデミックで仕事とプライベートのバランスを見直す人が多くなった昨今
多くの会社が未だに在宅勤務を容認している
というか、在宅勤務が定着してきている
最近では、人手不足が深刻で
在宅勤務を売りにして人材を確保しようとしている会社も少なくない
そんな中、保守的な人が管理職に多い我が社では
在宅勤務には消極的
未だに50年以上も前に始まった「通勤」を美徳とする価値観
勿論今のトレンドについて行けてない会社な故
辞めていく人が最近は特に目立つ
しかも、長年勤めていた人達も
頭の固い柔軟性のない会社方針に見切りをつけて
さいなら~と、とっとと、もっと条件のいい会社に転職している
結局は会社という「個体」ではなく
管理職に付いている「人」の主観=私感である
どんなに仕事モードになっていても
何かを決断するときには自分個人の価値観を使って決めるわけで
会社の方針を決めるにしても「その人」の価値観で
従業員何十人という人の毎日の仕事生活が決められる
もし、その管理職の人の価値観がかなり現実的でないにしても
彼女がそう思うのなら、それが会社のルールとなる。
これって、どうなのかな?
彼女は上司ではないので、従わなければならないというものおかしなもので
でも、会社という団体に居るのだから、ルールは有るべきだと思うが
そのルールがはあ、何で?という理不尽なものであった場合
それでも従わなければいけないのだろうか?

日々、山あり谷あり

落ち込むことが続くことがあって

もう最低最悪やん

ってドロドロに心が折れるどころか溶けるときもある

でも、負けず嫌いな私は

落ちたままではいたくない

くやし~とコツコツ努力して

絶対結果を出さないといられない

熱く語る

暑苦しい奴なんですわ

でも、達成感の爽快感がやめられず

いつもこんな感じ

 

うちの子はひとりっこな故か

負けず嫌いでは全くない

クールな子

スポーツの試合で負けても

別に~

何かうまくいかなくても

別に~

努力をしたくない

貪欲だから欲しい物を得るための努力をしようと思わない

親子でもまるで正反対ってあるのねえ

価値観とは物事への考え方

こうあるべきだという意見

でも、価値観が同じでない人同士だと

話が噛み合わない

一人の人がこれは良くないことだと言っても

相手が別にそうは思わないとなると

問題が解決しない

でも価値観とは色々なわけで

皆が同じであるのは難しい

 

価値観=道徳心

道徳とは、何が良くて何が悪いという判断

道徳心、価値観ってどうやって育まれるのだろう

親からの躾?教育?

私の価値観、親と同じとは限らいものがある

それって何で?

子供の頃に読んだ本の影響?

そういえば子供の頃

「きつねのさいばん」を読んで

すごく後味が悪くて不快な気分になったのを覚えている

でも、キツネサイドの人たちはきっと

晴れ晴れした気分になったに違いない

 

良い事、悪い事の判断

見えない物だけど

それぞれの人が持ってる

良識って結構、いやかなり大事

私は毒親だと思う

毒親から育てられたから

毒親にはならない様にと思っていたけど

やっぱり毒親だと思う

更年期も相まって

子供には尋常じゃない怒り方をする時があるし

子供の前で夫婦げんかもしてしまう

 

私自身、母親に愛情を注がれず

兄ばかりを贔屓していた親に育てられたので

子供にはいつも愛情表現をしているが

こんな毒親から愛されてもどうよ

と思っているのかなと思ったりして

 

仕事で落ち込む事があっても

家に帰ったらお母さんにならなければいけない

夕飯を作らなきゃいけないから

ちょっと帰宅前に一息ともいかないし

 

世のワーママは肉体的な両立はともかく

精神的な仕事と家庭の両立をどの様に

やりくりしているのだろう