わたしの横に緊張で硬直した両親。
正面に王子様スマイルを湛えた
類とウチの両親とは正反対の
気品が溢れた類のご両親。
先輩のわたしの両親に挨拶しなくては
という話が実現した形での顔合わせ。
あの日、社長室でわたしが
進めていいと言ったお見合い話は
正式に動き出した。
パパもママもあたしが結婚すると
言った時は戸惑った表情を見せたものの黙って話を聞いてくれた。
けれども相手がよく知っている人で
花沢物産の御曹司だと知った途端に
二人は固まってしまった。
あんなに玉の輿と騒いでた人達の
態度には見えない。
「俺はつくしさんと結婚前提で
交際させて頂いてます」
類が固まる両親の前で深々と
頭を下げる。
「や…えと…あの…」
怯えるような表情のパパ。
まだ半信半疑みたい。
「交際と結婚、認めてください
お願いします」
類は再度、パパに頭を下げた。
そんな煮え切らない態度のパパの
横でママがジッと類を見つめている。
「類くん」
「はい」
ジッと観察するだけだったママが
類を優しく見つめながら口を開いた。
「……本気ですか?貴方方とうちの
娘の生きてきた世界や価値観は
雲泥の差と聞きます。娘は以前
そのことで辛い目に遭いました」
司のことだ。
わたしは両親に何も言わなかった。
司が帰ってきて言われるまま
家を出て同棲を始めた時も……。
逃げるように海外転勤を決めた時も。
わたしには一切何も聞かず
ただ黙って見守ってくれた
「一時の感情でこの子に夢を
見させるのはやめてください
この子は…庶民の世界で生きてきた
普通の女の子なんです夢だけを与えて
置いていくようなことはしないで」
わたしはママの言葉に息を呑む。
ずっと見てくれていた。
わたしの感情、行動、心境を
すべて察していてくれた。
「……ママ、類はあの人たちとは違う!」
込み上げてくる感情。
「つくし?」
「わたしも…類のことが好き。
一時の感情なんかじゃないよ
今度は…ちゃんと幸せになるって
約束するだからお願い!
わたしがそういうと類は横に来て
一緒にママに頭を下げてくれた。
「「お願いします」」
揃った二人の声。
するとママはゆっくり頷いた。
でもその顔にはさっきの難しそうな
顔じゃなく微かに笑みを湛えていた。
「……類くんにならつくしを任せられるわ
ごめんねキツイことを言って」
ママの笑顔にホッと胸を撫で下ろす。
「類の母で花沢実花と申します
実はこのお話を持ちかけたのは
私なんです」
先輩の発言にママはえっと顔を上げた。
「つくしちゃんとは会社では私の部下として
知り合いました、過去に起きたことも
存じております」
先輩の言葉にママは耳を傾ける。
「私は自分の息子がきっかけは
どうであれ心から好きな人と
結ばれることを祈っています
住む世界がどう…とかそのことは
二の次です、彼女は私がどんな
立場の人間でも態度を変えたりは
していません、私個人としては
つくしちゃんが自分の息子と結婚して
娘となることを望んでいます」
「そう、ですか…。」
ママはそれきり黙ってしまった。
「……つくしは望まれて類くんの
ところに行くんだね?」
さっきまでただ硬直していただけの
パパがボソリと呟くように言った。
「それならいいじゃないか…なあ、ママ」
その一言でパパとママは見つめあって
微笑みを交わし合う。
ママの目に光った涙をパパが
そっと拭ってあげて。
「不束者ですが娘をどうかよろしく
お願いいたします、つくし……
類くんと必ず幸せになるんだよ?」
いつになく真剣な表情でわたし達
二人を見つめた。
わたしと類はパパの笑顔に応え
二人揃って力強くうなずいた。
それから、正式に婚約が成立した。
あたしは類のご両親の勧めもあって
花沢邸で暮らすようになった。
仕事は今までどおり実花先輩の
元で続けることになった。
まだ先輩から仕事や会社の
色んなことを学びたいです。
そう言ったら泣いて喜ばれた。
類のお父さん、花沢社長も先輩は
言い出したら聞かないからなぁ
と甘々の態度
相変わらずわたしは類の教育係として
付かず離れず一緒にいる。
昼休み、いつものように
お弁当を持って屋上に上がる。
食べ終わって類はわたしの膝を
枕にしてごろんと横になった。
行儀悪いでしょ?とぺちっと
「だって昼寝は膝枕の方が
気持ちいいしー」
あんまり悪びれずに言うものだから
キツく怒れず苦笑するしかない。
「あ、そうだつくしに頼みがあるんだ
「パーティ?」
「うん、母さん達の代わりに
出ることになったからつくしに
一緒に来てほしい」
ダメ?と首を傾げられ一瞬考え込む。
「わたし、まだちょっと苦手だし…
でも類が傍にいてくれるなら」
「わかってる、ちゃんとフォローする
どうせ女の子を連れて歩くなら
そう改めて口にされて急激に
照れてしまう。
「じゃあ、そうと決まったら
今日の退社後付き合って?
ドレス俺が選んであげる」
「……うん」
膝の上の類の頭をゆっくりと撫ぜる。
猫の毛みたいに柔らかくて
色素の薄い薄茶色の髪の毛が
陽の光に反射して金色に光る。
「キレイ…」
そう呟くと下から覗き込んでいた
類が首に手を回してわたしを
下に引っ張る。
一瞬、類の頭が持ち上がって
わたしの唇に触れるようにキスをした。
「……もう!」
再びあたしは類のおでこを
手の甲で軽くはたく。
「いいじゃん、キスくらい」
「よくない!誰かに見られたらどうするの?」
「今昼休みだし」
何を言っても動じない類に
尊敬さえしてしまう。
「きすキスしたいからしただけ
膝から起き上がり前のめりになると
わたしの両脇に手を着くように
迫ってくる。
「別に……嫌じゃない」
「それじゃあ?」
「一回だけ……だよ?」
そういうとわたしは目を瞑った。
ふわりと空気が動いて類の近づく
気配が迫ってきて頬に片手が触れて
そのまま唇が重なった。
「ん…っ」
柔らかく触れて下唇を食まれる。
息継ぎを求めて開いた唇の中に
類の舌が入り込んでくる。
誘われるように舌を引き出され
差し出すと絡まるように吸われ
息苦しくなる。
思わず苦しいと胸を叩くと類は
名残惜しげに離れて行った。
そっと抱き寄せられて呼吸を整える。
「……長すぎ、だってば」
「いいじゃん、でもヤバかった
気持ちよくて理性飛ぶとこだった」
「もうっ……バカ」
抱き合ったまま悪態を吐くわたし。
「早く俺だけのものにしたい」
囁かれるようにそう言われ
腕の中でわたしは固まってしまった。
「つくしの全部がほしい」
名前を呼ばれドキンとする。
いつものからかうような冗談じゃなく
すごく真っ直ぐで真剣だった
「……うん、いいよ」
返事、しちゃった……
どうしよう、心臓が暴れて
胸の奥が痛いよ…。
食事会の一週間後、類は本当に
研修生としてうちの会社に来た。
ちょっと気まずくてなかなか
お父様と二人で話したことを
類に言いだせなかった。
互いに忙しくて会えなかったのもある。
いつかは話さなきゃいけないことだと
わかってはいてもどうしても
自分の方から口に出せなかった。
そして類の赴任の日。
朝一で先輩に呼び出され類の
オリエンテーション係を任されてしまった。
わたしもまだ戻ってきたばかりだとは
言えずに引き受けることになった。
まさかこのあたしが類に仕事を
教えることになるとは思わなかったなぁ
社会人としては類の方が先輩。
でもこの会社では逆だから
なんだか新鮮な気持ち。
社長や先輩に思い切りこき使っていいからとか
かなり恐れ多いことを言われてしまい
逆に恐縮してしまう。
「ええと…花沢さん、とりあえず
社内を案内いたしますね」
コホンと一つ咳払いをする。
周りの視線が痛い。
まあ帰国したばかりの新人が上からの
命令で大役頼まれれるんだもの。
自分がやりたいという意図が
その視線から透けて見える。
「よろしくね、牧野さん」
惜しげもなく王子様スマイルを
真正面から浴びて立ち眩みを
起こしそうになる。
わたしは急いで手配してもらった
社内地図を手に類と社内を全部
回ることになった。
ときどき横を見ると類は楽しそうに
ニコニコしていた。
視線が合うと慌てて逸らしたりして
照れ隠しに一歩先を歩く。
そんなことを繰り返すうちに
お昼休みになってしまった。
「ねえ、ここ屋上ないの?」
「あるけどあんまり行ったこと
ないんだよね…ほらわたし
帰国したばっかりだから
あまり社内に詳しくないし…」
社長室のある重役フロアを後回しに
することにしてほぼ回り終えていた。
「あるなら行こう?ちょうど
昼休みみたいだし」
そう言われてわたしは断る理由を
見つけられずに彼の誘いに
乗ることになった。
二人っきりになった瞬間
類の研修生としての仮面が剥がれる。
真正面から向かい合うように座り
後ろにはフェンス。
逃げられそうにはない。
「……ねえ、この前父さんと
何話してたのさ?」
類はこの前から同じ言葉を
繰り返してる。
お父様と2人っきりで別室に
篭ったことが気に食わないらしい。
どうしても話の内容が知りたいらしく
しつこく聞いては迫ってくる。
「わたしとお父様だけの秘密よ
類や先輩には教えられないわ。
心配しないで、反対されたとか
そういうんじゃないから」
わたしはお父様とした秘密の約束の
内容を思い出しながらちょっと
吹き出しそうになるのを堪えていた。
「……つくしのケチ」
類はそういって膨れっ面すると
ソッポ向いてしまった。
まるで子供のような態度に
わたしは静かに溜息を吐いた。
本当のことを言うべきなのか悩んだ。
できれば避けておきたい話題。
類の前で口には出したくない名前。
でもこれ以上ごまかせない気がして
躊躇いつつも口にする。
「……司のことよ」
わたしがそう呟くように口にすると
類の不機嫌は心配そうな表情に変わる。
「……アイツ離婚したみたい、だから
わたしがここにお嫁にくることに
なるなら道明寺家が相手でも
ちゃんと守って下さるって……」
わたしがそういうと急に類は
真顔になってわたしを抱きしめた。
「……やだなぁ……類、苦しいよ、
わたしもうどこにも行ったりしないから
類のお陰なんだよ?わたしが
あいつのこと忘れて前に進もうって
思えるようになったの」
顔を埋めておとなしく抱きついてる類。
まるで子供に言い聞かせるように
しがみついてきた類の髪の毛をなぜる。
「……わたしはね類と幸せになるって
決めたからもう顔しないで?」
それでも類は何も言わない。
だから類の顔を両手で挟み
上向かせて呼びかける。
「……類?」
無理矢理視線を合わせると
気まずそうに逸らされる。
「ごめん、俺、やっぱり司のところに
戻るって言われるのかと思った」
やっと顔を上げた類は今にも
泣きそうな表情をしてた。
「……行かないって!わたしが今
一緒にいたいって思ってるのは
類なん!だからわたしの気持ち
信じてくれないの?」
自分でいってて悲しくなってきた。
「……ごめん。なんか情けないね……」
いつもと逆だし。
そう呟いて耳を真っ赤にする。
落ち込む類を見てわたしはなんだか
心の奥がくすぐったくなる。
これは…信じてもらうにはわたしの
気持ちはっきり言わなきゃね。
「わたしね、類が好きだよ。」
わたしがそういうと類が顔を上げる。
「ずっと類の傍にいますって
お父さんと約束したの…それに……」
類が顔を上げてわたしを見る。
まだ、抱きついたままだったけど。
「それになに?」
「年貢の納め時だなって……
もう先輩と類からは逃げられそうにも
ないから覚悟しろってことなのかなって」
わたしがそういうと類は急に
腕に力を込めて抱きしめた。
「何それ…ひどい」
類はそう言いながらも抱きしめる
腕の力を緩めない。
「たぶん司のことは嫌いになれない。
でもソレを越える感情を類に持ってる」
もういちど顔を見て類に伝えた。
「ちゃんと…言って?」
掠れた声にドキリとする。
「類のことが好きよ」
そう伝えると類が破顔する。
「うん」
見せられた笑顔にドキドキと
胸の鼓動が高鳴っていく。
ぎゅっと胸に押し付けられて
彼の胸がものすごい勢いで
ドキドキしてるのが聞こえる。
言葉に出したらストンと
気持ちが心の中に落ちた。
「俺がこんな風に感情揺らすのは
つくしにだけだよ。みっともない
くらいに動揺してる」
抱きしめられながらわたしは
何度も頷く。
頭の中が甘くなって蕩けてしまいそう。
こんな感覚、ずっと忘れてた。
でも、嫌じゃない。
即答すると類の満面の笑顔が炸裂した。
どちらからともなく重ねられた唇。
しっかり抱き合って何度も気持ちを
確かめ合うように唇を重ね合った。
今はこんなにもいとしいと思う。
類が好きだって思う。
それなのにまるで影を落とすように
心に染みを作るのは司の残像。
お願い、もう忘れたいの。
今さらあたしの思いを掻き乱さないで。
最後に回した重役フロア。
重役お一人づつにご挨拶して
最後に社長室へと戻った。
すると意外な来訪があった。
「……父さん」
二人揃ってびっくりした。
類も社長が訪ねてくることを
聞いてなかったみたい。
やあ、そろそろ牧野さんが類に
類にそっくりの笑顔で笑いかけられ
思わずドキリとした。
「……はい、お話させていただきました」
顔を上げ、社長の顔を真っ直ぐ
見てそう言った。
「類はそれを聞いてどう思った?」
今度は父子が見つめ合うように
視線を上げて向き合う。
「絶対にアイツにはつくしを
「それならこのお見合い先に
進めてしまおうか?」
思いがけないことを言われ
わたしと類は顔を見合わせる。
「進めるって…」
類の声が掠れていく。
「言葉の通りだ、つくしさんに
お前の婚約者としての務めを
果たしてもらう」
背筋が伸びるような思いがした。
「司くんは3ヶ月後に日本支社の
副社長として帰国する、そうしたら
彼女を探すことは目に見えている
類が取られたくないと思うならば
先手を打つのも必要だと思うのだが?」
「あなた、その話はこんな場所で
することではないと思うわ」
緊迫し始めたやりとりに
先輩が止めに入る。
「……実花、人払いをしてある
匠くん話しても大丈夫だ」
社長が間に入り話を続けることを
続行する。
「牧野さんは一通り教育を
受けているのだよね?」
「……ええ、まあ」
「それならば問題はないだろう」
社長は…満足げにうなずいた。
「でも…それじゃあつくしを
焦らせてるみたいで嫌だ」
あんなにグイグイ押してきたのに
どうして尻込みするんだろう?
「ここまでお膳立てしてもらって
こんなこと言うのアレだけどもう少し
期間が欲しい!つくしの両親にだって
ちゃんと挨拶してないし…」
「言われてみたらそうね…」
先輩が類の言葉を聞いて考え込む。
「牧野さんのご両親には早急に
お会いした方がいいね」
ご夫婦で話し合いを始めちゃった。
わたし達の結婚なんじゃ?
なんだかすごい勢いで話が進んでる?
「つくし?なにかまずいことがあったら
類にわたしの思考を読まれハッとする。
「…わたしは……構わないよ」
「つくし?」
「だって、嬉しいもん、好きな人の
ご両親に自分のこと認めて
もらえるのって」
司の時はそうじゃなかった。
最初から最後まで結局は認めて
もらえてなかったからああいうことが
起きてしまった。
でも、今は違う。
類のご両親は……ちゃんと
わたし自身のこと見てくれてる。
「類と向き合うって決めてから覚悟した
わたし…この話進めてもいい…よ?」
彼を見つめてわたしはそう返事した。