翌日から私は体調のいい日には
中庭でおじい様と談笑し
天気のいい日にはバイオリンを奏でた。
鬱々とした気分は少しづつ晴れてくる。
相変わらず類には家の中では
避けられてるのか遭遇しない。
今は存在を無視されていても
いつかきっと思い出してくれる。
約束、したもん
そう信じて耐えていた。
冷たい視線で見られても
辛辣な言葉をかけられても
ちょっとやそっとじゃ動揺しない
くらいの耐性ができていた。
絶対に類の前では泣くもんか!
そんな意地が私の心を支えていた。
本当はいつも軽く泣きそうになるの
堪えて微笑みを絶やさずに居た。
おば様に勇気を貰って類との
対面も続ける。
相変わらず私のことは無視。
自分をできるだけ思い出して
貰うための努力を続けた。
拒まれても邪魔者扱いされても
めげずに私は彼の元にこの家に来てから
類の部屋にほぼ毎日通い続けた。
ある日日参していた類の部屋に訪れた時
彼の個室から声が聞こえてきた。
「ダメですよ、花沢様」
女の人の……通いの看護師さんの
声が中から聞こえてきた。
「いいじゃん、暇なんだから
俺に構ってよ」
「暇じゃありませんよ~」
満更でもなさそうな甘ったるい声
「あ……やんっ」
リップ音がする。
目の前で繰り広げられるラブシーンに
目を覆いたくなる。
いつの間にか瞼が涙で濡れていた。
見ていたくなくて黙って背を向けた。
こんな時に皮肉にも初めての
胎動を感じた。
「ワタシはココにいるよ」って
存在を知らせるような力強い
胎動を感じる。
開けかけた部屋のドアを
黙って閉める。
ドアを閉めた瞬間ついに堪えてた
涙が頬に滑り落ちた。
もう、ココに来るのは辞めよう。
私は花沢邸を出て借りていた
マンションの部屋に戻る。
あの人の心の中に私はもう
きっと居ないから。
幾ら待ってても無駄な気がしてきた。
お邸を出て私は一応お見舞いに
行くことにした。
またあの看護師さんが類の傍に
いるかもしれない。
キュウッと胸の奥が痛みで
締め付けられる。
「行きたくないけど…行かないと」
最後にしよう。
今度こそ、サヨナラしよう。
もう待てないって。
お腹の子はどんどん育ってる。
本当に動けるうちにこの子のことも
どうにかしないとまずい。
類に会ってまたあの冷たい目で
見られるのは堪えるっていうか…辛い。
でも。 ほんの少しだけでも
私のこと思い出してほしい。
あんなに愛し合ったのに。
存在もなかったことにされるの辛いよ。
私の中ではまだ何も始まっていないし
終わっていないよ、類。
マンションを出る準備も整えて
実家に帰る準備もしっかり終えて
部屋の鍵を返しに花沢家に向かう。
「よし!」
弱気になっていたら思い出して
もらえないもん。
類の寝室の前で深呼吸をすると
控えめにその入り口をノックした。
恐る恐るドアを開けて中に入り
ちらりとベッドの上を見る。
類の頭にはまだ包帯が巻かれている。
手にも、足にも。
顔にはまだガーゼがついたまま
痛々しい格好で私を出迎えた。
「ごめんなさい、急に来たりして」
「あのさ、出ていったんじゃないの?」
「それは……」
ギュッと拳を握り締める。
私が握りしめたもの。
類から貰ったエンゲージリングの
掛かってるネックレス。
誕生日に貰ったパールのブローチ。
それから半同棲してた部屋の鍵。
「色々返そうと思って」
ようやくのことで言葉を絞り出した。
私は指輪、ブローチ、鍵を
彼の目前に出す。
「何これ」
「だから返したいものです」
「もしかして付き合ってたとかいうわけ?
婚約ってのも本当の事?」
コクリと頷く。
「……私はここを出ていきます
おば様には申し訳ないけど
もう貴方の傍にいたくありません」
部屋が静まり返る。
「看護師さん、綺麗でしたね」
「……見てたの?」
私は無言で頷く。
「私のことは思い出さなくていいから
もう好きにしたらいいじゃない」
「…………」
「……命を救ってくれたことだけは
感謝してるから……私も貴方と
付き合ってたことは忘れるから
言いたいことはそれだけよ
……さよなら、類」
そう口にした瞬間、私は初めて
類の前で涙を見せて泣いた。
私の涙に類が動揺の表情を見せる。
そのまま類に背を向けると
黙ってお屋敷を出ていく。
「待って!」
門を出たところで追いつかれる。
「行か……ないで」
動かない足を引き摺ってまで
私の後を追ってきて腕を掴まれた。
転びそうになったところを
慌てて抱きとめて支える。
「……まだ怪我治ってないんだから
走っちゃダメでしょ?」
「態度改めるから、だから……
出ていかないで…お願い」
泣きたいのは私なのにそんな
捨てられた子犬みたいな
表情されて見られたら彼をこの家に
置いてくことなんてできない。
なんで彼の気が急に拒絶から
変わったのかは分からない。
もう少し歩み寄ったらもしかしたら
少しは変わるのかもしれない。
前のような関係に戻れなくてもいい。
類が戻ってきた。
私はそれがただ嬉しかった。