連れて行かれたのは病院じゃなくて
10年ぶりの道明寺邸。
類の話だと道明寺は3年も前に
日本に戻ってきていたという。
ほんとに何も知らなかったあたし。
すべての情報に耳塞いでたから
確認しようともしなかった。
久しぶりに足を踏み入れた
その屋敷の様子は怖いくらいに
変わってなかった。
「つくしちゃん!」
あたしを見るなりそう叫んで
抱きついてきた椿お姉さん。
「ご無沙汰……しています。」
「来てくれてありがとう……
司はあっちの部屋よ……類にも
嫌なこと頼んで悪かったわね。」
「……いいよ。」
類は気にしてないからという
表情でお姉さんを見つめ返した。
3人で長い廊下を歩く。
何度もここに来たことはあるけれど
案内なしで歩いたことってない。
「それじゃ行きましょう。」
涙を拭ってあたしの腕を取ると
部屋に案内してくれる。
類はあたしたちの後を黙って
着いてきた。
案内された部屋は10年前と
同じ東側の角部屋。
ドアを開けて中にはいっていく。
「……薬で眠らせてるの。
もうすぐ目が覚めるころだと
思うから傍にいてあげて?」
あたしはお姉さんに言われて
黙ってうなずいた。
それじゃ行くわね?と
お姉さんと類はあたしに
笑いかけると行ってしまった。
10年ぶりに見た道明寺の姿。
相変わらず睫毛長くて綺麗な寝顔。
頬は少し痩けて身体も
あの頃よりも痩せたみたい。
そっと頬に手を這わせる。
温かくて……柔らかかった。
ふと頬に這わせていた手を
グッと掴まれる。
つかまれた感触に気付いて
道明寺の顔を見た。
「ま……きの?」
眠っていたはずの道明寺が目覚めてあたしを見ていた。
「目が覚めた?よ……く眠っていたみたいね?」
「な……んでおまえが……?」
彼はあたしが何でここにいるのか
不思議に思っているようだった。
「呼ばれたの……元気だった?
あ、元気じゃないか……
刺されたんだもんね。」
あたしは道明寺に背を向ける。
「それが10年ぶりに会った
彼氏に言う台詞かよ……」
「どこの誰が彼氏だ!馬鹿男っ!」
ため息つきつつそう呟いた道明寺にあたしは思いっきり怒鳴った。
「おまえっ!耳元で大声出すんじゃねーよっ!
少しは怪我人労われっ!」
耳を塞ぎながらそう怒鳴り返してくる道明寺。
「怪我?自業自得でしょ!、
女性の気持ち弄んだんだから!
ザマーミロだよっ!」
「誰がいつ弄んだんだよ!
テメエいったいなにしに来たんだよ?
喧嘩売りに来たのかよ!」
「違うわよ!女性の気持ち弄んだ
最低男の馬鹿面拝みに来たのよ!」
「てめーいい加減にしろ!本気で怒るぞっ!」
道明寺は青筋立てて怒り狂ってる。
今にも血管ぶち切れそう。
でもあたしは殴られても
言いたいことは言ってやる!と
思って怯まずに応戦する。
「……ホントに馬鹿なんだから」
トーンを落としてポツリと
呟くようにあたしは言った。
「あ?なんだと?もっかいいってみろ!
本気で殴るぞ?」
低い声で脅す道明寺の声。
あたしは気にせずに続けた。
「馬鹿だから馬鹿だって言ったのよ!
何でヒトコト知らせてくれなかったの?
あたし類から聞くまであんたの
あの言葉は口から出た
でまかせなんだって思い込んでたんだよ?
一緒にいたいって言ったじゃん
あの時言ってくれたのは
本気なのかってずっと疑ってたんだよ?」
そういうと道明寺はさっきの怒りが嘘みたいに押し黙ってしまった。
10年分の思いが溢れ出す。
「悪かったよ、報せなくて
どうにかなったら必ずお前を
迎えに行くつもりだった」
初めて聞いた謝罪らしき言葉。
「ホント馬鹿……アンタあたしのこと
見縊らないでよね?だてに修羅場
潜り抜ける生活してきてないわよ!」
「馬鹿馬鹿言うなよ……ホント可愛くねーな。」
笑いながらそういう道明寺。
久しぶりに見たその笑顔が
ちょっとだけ嬉しくて思わず
憎まれ口をたたいてしまった。
「悪かったわね!可愛くなくてっ!」
10年ぶりに再会したってのに
顔合わせるなり喧嘩始めたあたし達。
変わらない懐かしい光景にくすぐったくなる。
ふと視線が合わさった瞬間
思い切り吹き出した。
「それにしてもお前かわらねーな
その口の悪さ……見舞いに来といて 馬鹿面はないだろ?」
「本当のこと……でしょ……っ!」
最後まで言い終わらないうちに
あたしの唇は塞がれた。
長い長いキス。
とても病人とは思えない力で
引き寄せられていた。
「……つくし、逢いたかった
約束守れなくてゴメンな」
抱きしめられて囁かれた
本当の意味での謝罪の言葉に
あたしの閉じ込めた想いが解けていく。
「……あたしも!ずっと司に会いたかった」
司の傷に触らないようにあたしも
そっと抱きしめ返していた。
「……俺のこと許してくれるなら
結婚して欲しい。」
「許すもなにも……ううんあたしで
よかったら……」
ホントはずっとこの日を待っていたんだ。
何もかも受身だったこの恋。
でも誰にも負けないほどあたしは
全力で彼を想ってた。
忘れたくても忘れられないくらい
あたしは道明寺を愛してたんだ。
「……生きてて良かった……お前に
また会えたから」
道明寺の呟きにあたしの中で
何かが切れた。
「何いってんのよ!周りにたくさん
迷惑かけて!ほんとに馬鹿なんだから!」
「だから馬鹿って言うんじゃねーよっ!」
「何度でも言ってやるわ!周りは
みんなアンタに馬鹿なんて
いえないだろうから!
あんたが死んだら……あたし……」
感極まって言葉が詰まってしまう。
堪えてた涙がどんどん溢れ出していって
それ以上の言葉を続けられなかった。
「……ごめん、悪かったよ。」
バツの悪そうな道明寺の
言葉が降ってくる。
「じゃあ、誓って!あたしより
先に死なないって!」
もう頭の中ぐちゃぐちゃだった。
「分かった……誓うから……泣くなって、な?」
大きな手が背中を撫でてくれた。
小さな子供にするみたいに宥められて
やっと涙が止まった。
やっぱり泣いちゃった。
絶対に泣かないって決めたのに。
意地っ張りで素直じゃない
牧野つくしが復活する。
10年分の閉じ込めた想いを
開放するようにあたしは
道明寺の胸の中で泣き続けた。