大学3年の時からバイトしてたカラオケ屋に新人として入って来たK君と話してて、どんな音楽聴くんすか? と聞いてみると、「最近はジャンクとか・・・。」という返事。 「ジャンク?そんなジャンル聞いた事ないぞ・・・?」 しばらく最新の音楽から遠ざかっていた僕は、「ダイナソーJr 」に衝撃を受け、なにしろ「現在(いま)の音」を聴かなきゃ、とあせってたわけでw K君から、ダイナソー好きならとりあえず「ソニック・ユース」聴いてみたら?(ちなみにソニック・ユースはジャンク・バンドではありませんw ジャンク寄り、とはいえるでしょうが・・・w)と教えてもらい、早速一番新しいアルバム(当時)「Goo」(バック・コーラスでJ・マスシスドン・フレミング も参加してますw)を買って聴いてみました。 するとどうでしょう、一曲目の「ダーティ・ブーツ」で「ダイナソーJr.」に匹敵する衝撃を受けたではありませんかw これこそ現在(いま)の音か!と震えましたw そして再び悪い病気がw・・・取るものもとりあえず輸入盤屋に行ってそこにあるこれまでに出てる「ソニック・ユース」のアルバムを全種類購入w 最初に買った「Goo」からして輸入盤だったので、ディスコ・グラフィなどわからずw 順不同で「Confusion is Sex」、「Bad Moon Rising」、「Evol」、「Sister」と買い揃えました。 そして続きを聴いてみると・・・なんとポップなのはその一曲だけでww その後は不協和音の連続にノイズの嵐w こりゃあ「ダイナソー」どころの騒ぎじゃないぞ、と気付いたときには既に遅くw どっぷりつかっていましたw 「ヴェルヴェッツ 」や「ピンク・フロイド 」、「バウハウス 」なんかをさらに荒廃させた音で、それまではハード・コア・パンクやスラッシュ・メタルのような早い激しい音こそが最も過激な音だと思っていましたが、とんでもない。 それらを上回る過激なノイズと暖かい不協和音に満ち溢れたぶっ壊れた音に脳天から痺れました。 こんなバンドが何年もアンダーグラウンド・シーンに潜んでいたのだから、アメリカの底力は凄いと思いました。
Sonic Youth
Goo
 
大学に入って経済的に余裕が出来たので、今まで買えなかった旧作や友達から借りて気に入ったものをひたすら買い漁っていたので新作はまったく手を出してなかったある日、ビデオを借りようと行ったレンタルビデオ屋で見たジャケットに妙に心惹かれるものがあり、つい買ってしまいました。 小学生ぐらいの女の子が海岸(?)でポケットに手を突っ込んでタバコをくわえてる写真で、それが「ダイナソーJr.」の出たばかりの4th「グリーン・マインド」でした。 帰って早速聴いてみると1曲目の「ワゴン」に鳥肌が立ちました。 「凄い、こんなカッコいいバンドいるんだ。 世の中は動いてるんだ!」と妙な焦りを感じましたw これがグランジ、と言われるジャンルとの始めての出会いでしたw アルバムはロック史に残る名作と言ってよく、その他の曲も一切捨て曲無し! 轟音ギターに乗せたけだるく弱々しいヴォーカルは、なにかしら就職だなんだと控えていた当時の僕の心境にぴったりの曲ばかりでw 物凄く気に入りました。 速攻でレコード屋を回って1st「ダイナソー」、2nd「ユア・リヴィング・オール・オーヴァー・ミー」3rd「バグ」と4th「グリーン・マインド」の輸入盤(w)、シングル「ワゴン」の日本盤と輸入盤を購入してきました(僕特有の痛い買い方ですw)。 「J・マスシス」(一応GとVo,ですが、この人はマルチプレイヤーでアルバムも一人で作っちゃうぐらいですw)はそのオタク風ルックス(メンバー全員オタク風ともいえるw)も手伝ってか、当時マスコミで妙なキャラ作りをされてて、ロッキン・オンや、ロッキン・オンのライターが書いてるライナー・ノートなんかもそのキャラにそって紹介してて、唯一Dollだけがまともに扱ってた気がしますw そのキャラとは「働きたくないから、大学に行った。 別にやりたいことが無いからバンドやってる。 ツアーなんてだりぃし、家でTV観てる方が良い」という無気力キャラでw その無気力な男がなんでこんな爆音サウンドを、というギャップはたしかに面白いですが、当の本人は不愉快に思ってたようで、「ストーンズ のライヴ観に行った」といや驚かれw 「スキーに行った」といや、まさか!といわれ「悪ぃかよ!? 俺はゴルフだってやるんだ!」と言い返しw がイギリスに行った時のこと、記者からインタビューされて「イギリスのバンドでどんなのが好きですか?」と言われ「そうだな・・・アイアン・メイデン なんか良いね」と答えると記者達に「ハハハ!ナイス・ボケっすね!」と爆笑されたとのことでw「俺がメイデン聴いたら悪いんか!」とぷりぷり怒っていましたw 大概のイギリス人のミュージシャンは、いつもどこか斜に構えた感じで、そういうときも変化球を投げる癖がありますが、アメリカ人のJは正直に答えたわけですが、それをキャラに合った変化球、と取られたわけですw 「デヴィッド・ボウィー 」がダイナソーJr.を気に入って、プロデュースを申し入れたところ、「プロデュースが必要なのはアンタのほうだろ。なんなら俺がプロデュースしてやろうか?」と豪語したという伝説(w)も、「そんなこと言うわけ無いだろう。だいいち、プロデュースのオファーなんて無かったよ。」と言っていましたw 実際のJは怠け者どころか、オリジナル・アルバムを7枚とライヴ・アルバムを1枚、ミニアルバムを数枚、と精力的に作品を出し続け、過去の音源をまとめたり、他人をプロデュースしたりの働き者でw そんなところも気に入って、その殆どを買いました(さすがに日本盤に絞りましたがw)。 ソロ名義の「マーティン・アンド・ミー」(マーティンというのは傑作ヴィンテージD-45で知られるアコースティック・ギターのメーカーですw つまりアコギ一本のアルバムというわけでw 「エコー&ザ・バニーメン 」みたいですw)は持ってないんですがww 世間的には「ソニック・ユース 」の「リー・ラナルド」が参加した2nd(彼らにとってのイン・ロックですねw)か3rd(彼らにとってのマシン・ヘッドw)が評価高いようですが、僕はやはり最初に聴いた「グリーン・マインド」か5th「ホエア・ユー・ビーン」が好きです。 97年に7th「ハンド・イット・オーヴァー」を出した後、バンドは消滅状態に。 その後「J・マスシス+ザ・フォッグ」として現在も元気に活動中ですw
Dinosaur Jr.
Green Mind
  

かの「マリリン・マンソン 」がお手本にしたという「アリス・クーパー」。 僕は大学の時、高校からの友達M・K君の家で聴かせて貰ったのが最初でした。 牧師の息子として生まれたヴィンセント・ファーニアは、「ビートルズ 」の影響でバンド活動を始めたところ、ある日占い師に「あんたは17世紀の魔女アリス・クーパーの生まれ変わりだ」といわれてショックを受け、以後「アリス・クーパー」と名乗り(しまいには正式に改名w)「アリス・クーパー」というキャラクターを演じて、目の周りにピエロのような黒いメーキャップ(日本でも「スターリン」の遠藤ミチロウ、「ウィラード」のJUN、「アンジー」の水戸華之介などが影響を受けたと思われw)を施した悪魔的なヴィジュアル(アメリカのグラム・ロックとして語られることも・・・)でペットの大蛇を握り締めながら歌ったり、ギロチンで首が落とされたりの奇天烈なライヴをやることでも知られているとのこと。 さっそく中古屋で名盤の誉れ高い「ビリオン・ダラー・ベイビーズ」を買って聴きました。 蛇革の財布のジャケ(まさか、ペットの蛇を財布にしちゃったのか!w)でw 音は別に悪魔的というわけではなく(マリリン・マンソンとは違い、牧師の息子だけあって信仰心厚く「地獄に行きたくないです」などと発言したらしいw)、普通のハードロックなんですが・・・歌詞が変なのが多いw 「レイプト・アンド・フリージン」:ヒッチ・ハイクして乗せてくれた車のオバちゃんに襲われフルチンで逃亡する歌w全裸なので凍えるってワケですw 「アンフィニッシュト・スウィート」:虫歯になって歯医者で歯をがりがり削られた(歯医者のドリル音のSEが嫌な感じでw)けど甘いものはやめられないって歌w など( ゚∀゚)・∵ブハッ!!ってなるような歌がカッコいいハード・ロックに乗せて歌われますw 僕は聴いたこと無いんですが・・・スベったので日本盤では出てない「ジッパー・キャッチズ・スキン」ってアルバムも・・・ジッパーに皮が挟まった・・・((((;゜д゜))))ガクガクブルブル どこの皮かw、は男性諸氏ならば・・・おわかりですよね・・・w 

Alice Cooper
Billion Dollar Babies

最初、「スティーリー・ダン」という名前の人かと思っていましたw れっきとしたバンドでw 大学に入って仕送り+バイトでかなり経済的に余裕が出てきて(当時はバブル真っ盛りでした・・・orz)、過去に友達に借りただけのアルバムや、名前は聞いた事あるけど実際に聴いた事は無いようなアルバムを買いまくって(もちろん中古が主ですがw)いましたw その頃に買ったのですが、名前のイメージからスティールといや鋼なので、ヘヴィな音楽と思っていたのですが、ヘヴィという言葉とは正反対の極北に位置するバンドでしたww ロック名盤うんぬんとかいう本を見て、「スティーリー・ダン」なら「彩(エイジャ)」が最高傑作だ!と書いてあったので記憶に残っていたところ、中古屋で発見して購入。 いざ聴いてみると、ジャズとかファンク寄りの大人向けのサウンド、といった感じでニューヨークの摩天楼が良く似合うw(デビュー当時は「ニューヨーク製ウエスト・コースト・サウンド」、と異名をとったらしいですがw) バンド形式でスタートするも、ライヴを演りたがらない「ドナルド・フェイゲン」(Key,Vo)と「ウォルター・べッカー」(Ba.Vo)に嫌気が差してメンバーが逃亡w 曲を書いてたのもこの二人で、元々ソング・ライター志望なので、スタジオ・ミュージシャンを集めてアルバムさえ作れれば問題なし、ということでw ある意味、もっともAORらしいバンドといえるでしょうw そのジャジーなグルーヴと大人の雰囲気はムード作りに最高w 僕の中で、将来助手席に女の子乗せて夜の街を流す(当時は原チャリの免許しか持ってませんでした・・・orz)ときにかけるアルバム・ランキング1位(俺調べw)に輝きましたw え?その後実現したのか、って? え~と・・・。 僕の相方は洋楽に興味ゼロなので・・・_| ̄|○

STEELY DAN
Aja (Rmst)
ライ・クーダー」の事を知ったのは、TVのCMでした。 なんのCMだったか忘れましたが、「ライ・クーダー」がバーボンかなんかのビンを使って、お得意のボトルネック奏法を披露してるものでした。 ボトルネック奏法(スライド・ギターともいう)とは、普通ギターを弾く時には左手の指で(右利きの場合w)絃を複雑に押さえて弾きますが、その代わりにオープン・チューニング(何も押さえないでジャーンと弾いて和音になってる)でガラスや金属の筒を指にはめてその筒で絃を押さえたまま滑らせて弾くと、スモーキーなフレーバーの音が得られる、というものでカントリー&ウエスタンやアコースティック・ブルーズでよく見られるギター奏法であります。 「ライ・クーダー」はこのボトルネック奏法の第一人者といってもいい人で、CMも物凄くカッコよかったです。 その後、大学の時に中古屋で発見したのが2nd「紫の峡谷」でした。 さっそく聴いてみると要所要所ボトルネックでキメるものの、全体としては意外にも思ったよりスライドしていませんでした。 その前に「ジョニー・ウィンター 」が弾くボトルネックを「追憶のハイウェイ61」などで聴いていて、ウィンターはフレーバーもへったくれもなく、まるでバイオリンの音か、と思うほどに激しくスライドしまくっていた(余談ですが、「ジョニー・ウィンター」のボトルネックについて、まるで火ぶくれが出来そうなほどの、などと形容されることがありますが写真を見る限りウィンターもしっかり小指にボトルネックをはめていますw)ので、それに比べるとずいぶんおとなしめでした。 例えるならウィンターが剛速球で奪三振を狙うピッチャーとすれば、クーダーは打たせて捕るが締めは伝家の宝刀の変化球で締めるピッチャー、といった感じでしたw 歌詞の内容は1930年代の不況時代を歌った歌ばかりで、農民や労働者、流れ者についてスライド・ギターでひょうひょうと歌い上げる曲の数々はやはりバーボンがお似合いでしたw さらにこのアルバムは、というか「ライ・クーダー」の全てのアルバムはその殆どがカヴァーで、しかもマイナーな曲を職人芸でカヴァーしてるものばかりでした。 職人に相応しく、スタジオ・ミュージシャンとしてそのキャリアをスタートさせた「ライ・クーダー」は「ローリング・ストーンズ 」のバックを務めてたこともあり(「ブライアン・ジョーンズ」の後釜、いわゆるグレート・ハンティングの候補にものぼったとかのぼらないとか・・・w)、ストーンズが初期のブリティッシュ・ビート・サウンドから中期の一連のブルージーなサウンドに変化していったのはライ・クーダーの影響によるものだそうです。 
Ry Cooder
Into the Purple Valley

カート・コヴァーン 」の遺書に「錆び付くよりも、燃え尽きるほうが良い」という「ニール・ヤング」の「ヘイ・ヘイ・マイ・マイ」(「オアシス 」がカヴァーしたことでも有名ですね。)の歌詞の一節が使われていた、という話は有名ですが・・・。 僕が「ニール・ヤング」に興味を持ったのは大学2年の時、漫画「ボーダー」(狩撫麻礼原作、たなか亜希夫画)の中で主人公達がヤングの「ライク・ア・ハリケーン」を演奏するシーンがあって、どんな曲だろう?と単純に思ったのが最初でした。 その猿人系のルックスwと、カントリー・ロックの「CSN&Y」のメンバーってことしか知りませんでしたが、友達のA君が「ライク・ア・ハリケーン」が入ったアルバムを持っていた(どのアルバムかは残念ながら覚えてません。)ので聴かせて貰ったのが最初でした。 そのときは普通に「ああ、こんな曲か。 カッコいいな。」ぐらいで終ってたのですが、僕が好きな「ダイナソーJr. 」がことごとく「ニール・ヤング」と比較されていたので、ちゃんと聴いてみようと思ったのが大学4年の時でした。(後に「カート・コヴァーン」の死後、そのことが暗く重たい影響を与えているというダイナソーのアルバム「ウィズアウト・ア・サウンド」もヤングが友人の死の影響で作った「トゥナイト・ザ・ナイト」と比較されていました。) Jの甲高い鼻声と轟音ギターは「ニール・ヤングの再来」と言われてましたし、パンク・ムーブメントを当時評価した数少ないアーティストの一人だという話(前述の「ヘイ・ヘイ~」はジョニー・ロットン に捧げられた曲です。「ロックは死んだ」と言い放ったロットンに対し、「ロックは死なない」と応えた名曲です。)で、こりゃちゃんと聴いてみようと思い、中古屋で「アフター・ザ・ゴールドラッシュ」を買って聴きました。 このアルバムはヤングの幅広い芸風のなかではおとなしい音のほうに入りますが、「サザン・マン」(南部に今も根強く残る人種差別についての激しい怒りを歌い上げた歌とのこと。 レイナード・スキナード「スィート・ホーム・アラバマ」はコレに対するアンサー・ソングとしてヤングを名指しで歌われた歌です。「ニール・ヤングは南部をこきおろすけれども、南部良いトコ一度はおいでw」的な歌でw 良い曲ですがw)など、絶望感と怒りとが入り混じった名盤、らしいのですが、いかんせん自筆の歌詞カードの字が汚くて読めないw(こんなところも「ダイナソー」は影響受けてますw) 曲の意味を知ってた「サザン・マン」はかろうじて聴きながら読み取りましたが・・・w 90年代に入ってのヤングは衰えるとか円熟とか枯れる、といった言葉にまったく無縁でw、その轟音サウンドからグランジのカリスマとして最前線に立ち続け、「パール・ジャム」との共作「ミラーボール」(ヤングのアルバムだがバックはパール・ジャム)「マーキン・ボール」(パール・ジャム)などまったく違和感が無く、ガンガン攻めっぱなしです。 そしてその反骨ぶりも健在 。 60年代にデビューした数少ない「今を生きている」アーティストであるといえます。

Neil Young
After The Gold Rush


嘘か真か、「ディープ・パープル 」や「イエス 」がデビュー当時その音をお手本にして模倣したというエピソードが残っています。 西海岸のサイケデリック・ムーブメントにヒントを得て独自のサイケデリック・ロック(アート・ロックとも言われた)で一時代を築いた「ヴァニラ・ファッジ」、「キープ・ミー・ハンギング・オン」(セット・ミー・フリ~♪でおなじみですねw)は知っていたのですが、実際に音を聴いたのは大学の時、中古屋で「ザ・ベスト・オブ・ヴァニラ・ファッジ・ライヴ」というライヴ盤を見つけて、僕の好きだったブリティッシュ・ロック勢と親交が深かった「ヴァニラ・ファッジ」も聴いとかなきゃ、という訳で買ってみたのですが・・・あれ・・・?「キープ・ミー・ハンギング・オン」ってこんなんだっけ? なんか違う・・・? それもそのはず、カーマイン・アビス(Ds,Vo)以外は全員新メンバーという91年の4度目の再結成(って言えるのか?w)後、行われた全米ツアーのライヴ盤だったのですw その後、どうしても納得いかず、再結成のきっかけになった82年度のベスト盤を見つけて買いました。 当時からオリジナルよりも、ポップな原曲をハーフ・スピードのヘヴィ・ロックとして演奏したカヴァーの方ばかりがヒットした(「キープ・ミー・ハンギング・オン」もカヴァー)というw微妙なバンドだけに、テクニックには見るべきものがあり、「ジェフ・ベック 」が惚れこんだという「アビス」のドラミングと「ティム・ボガード」(Ba,Vo)のリズム隊のグルーヴはさすが。(2人をベックに紹介したのはなんと同じアトランティック・レーベル仲間のジョン・ボーナム だったとかw) ベックの恋(?)は後に「ベック・ボガード&アビス 」として実を結んでいますw 
Vanilla Fudge
Live: The Best of Vanilla Fudge
僕が初めて観たロック・バンドのライヴは高校一年のときの「子供バンド」でした。 先輩から聞いた話がいい話で好感を持ったので、行って見ようと思ったのです。 その話というのは・・・先輩の先輩(仮にAさんとします。)が「子供バンド」のライヴに行った時、ライヴの音を録音しようと、小さいテープレコーダーをこっそり持ち込んだのだそうです。(普通なら見つかると警備員につまみ出されますよね?) そしてライヴの最中、最前列で録音しながら観ていると、「うじきつよし」(Vo,G)がテープレコーダーを見つけて奪い取ると大きな声で「お母さ~ん!あなたの息子は勉強しないで、こんなロック・バンドのコンサート観に来てますよ~!!」とテープレコーダーのマイクに向かって叫び、ニカッと笑うと、Aさんにテープレコーダーを返してくれたのだそうです。 つまり、家に持ち帰って聴くとき、大音量で聴くと、勉強しないでライヴに行ってたことが、お母さんにばれる訳ですw (さらに余談ですが、その後、博多駅の駅前でやった「子供バンド」の無料の野外ライブ(北斗の拳の頃でしたw)を観に行った時、ライヴ前、「うじきつよし」本人がスタッフの人としゃべってるのを近くで見てたら、「こんなとこで演って観る奴いるのかな?」というスタッフの人に対して、なんと「うじきつよし」本人(しつこいw)がつかつかと僕に近寄ると、「大丈夫!こんなゴツいブーツ履いてる奴がいるんだぜ?」といって僕の安全靴(w)をがしっと掴み、僕の顔を見ると「ニカッ」と笑いましたw 僕は緊張のあまり「はぁ」とかなんとか・・・^^; 先輩の話の通りの人柄でした。 いい印象しかありません。)それで観に行った「子供バンド」は最高にカッコよかったです。 僕は生まれて初めて、酸欠でへとへとになりましたw そしてそのときカヴァーで演ってたのが、「リック・デリンジャー」の自らのバンド「デリンジャー」時代のヒット曲「ロックンロール・フー・チー・クー」でした(振り長過ぎ!)w 「子供バンド」は「リック・デリンジャー」をフェイバリットに挙げており、「リック・デリンジャー」が「子供バンド」のライブに飛び入りで参加したこともあります。 それで「リック・デリンジャー」に興味を持っていたところ、大学受験で行った東京のM・K君の家で聴かせて貰ったのが「エドガー・ウィンター・グループ」の「リック・デリンジャー」在籍時の2枚のアルバム「恐怖のショック療法」と「謎の発光物体」だった訳ですw(「ジョニー・ウィンター 」の項を参照) リック・デリンジャーはこの時25歳ですが、すでに芸歴9年の大ベテラン。 「ジョニー・ウィンター・アンド」の後で、既にギタリストとして名を成しており、芸歴5年の「ジョニー・ウィンター」や「エドガー・ウィンター」をプロデュースする司令塔ぶりも堂に入っています。(顔は可愛らしい女の子みたいですがw リックの加入でエドガー・ウィンター・グループは美形揃いになったとのことですw) 「ビートルズ 」っぽいことやりたい、ジャンルの垣根を取っ払いたいんだ、というエドガーの談話どおり、ブルースをベースにハード・ロック、ソウル、ファンク、ジャズなどを巧みに取り入れたサウンドはハード・ロックあり、アメリカン・ロックあり、AORあり、カントリー&ウエスタンあり、ブリティッシュ・ビートあり、モータウン・サウンドあり、と持ってる引き出しを全部ひっくり返した感じで、トータル感などなく、ある意味年代別のコンピでも聴いてるようでしたwが、はっきりいって捨て曲無し! リック・デリンジャーのギター・プレイは押さえ気味で、「Do Like Me=俺の真似しろ、とでも訳しましょうかw」でのスキャット(・・・いや、口ギターとでもいいましょうかw)のフレーズをギターでなぞる(真似してるw)ソロや、ディープ・パープル 風の曲(w)「電動ノコギリ」やレッド・ツェッペリン 風の曲(w)「クイーン・オブ・ドリームス」なんかで片鱗はうかがえますが、バンド・サウンドに徹してます。 「電動ノコギリ」なんかは普通の曲と思いきや、後半でノイズ・ジャンク風の狂乱サウンドに変化したりして、この時代(74~75年)に、こんな音を!と驚かされます。 トータルして今聴いても、古さを感じさせない隠れた名盤といっていいでしょう。 
Edgar Winter
Shock Treatment
1960年代に忽然と出現した、「ボブ・ムーグ」博士の考案によるアナログ・シンセサイザー「ムーグ」はロックの歴史を変えたといっても過言ではないでしょう。 そして「ムーグ」無しにはプログレッシブ・ロックの隆盛もありえなかったでしょう。 なかでも「ムーグの申し子」こと「キース・エマーソン」(Key)、「グレッグ・レイク」(G、Ba)、「カール・パーマー」(Ds)というトリオの「EL&P」はいわゆるプログレ4天王(イエス ピンク・フロイド キング・クリムゾン )の中では最後発でしたが、すでにそれぞれ他のバンドでキャリアを積んできたメンバーによるスーパー・グループ的なバンドであり、「キース・エマーソン」のド派手なパフォーマンス(「キーボードのジミ・ヘン 」という異名もあるほどw)やメンバーのルックスの良さ(日本では特にw)でみるみる人気を博しました。 僕が最初に聴いたのは大学の時、「タルカス」でした。 元々僕の中では名前から「ELO 」とカブっており、ややこしかったですw 中古屋で「ウルトラセブン」の「恐竜戦車」(知らないだろうな・・・w)みたいなやっすい「アルマジロ戦車」のジャケを見て( ゚∀゚)・∵ブハッ!!となって買ってみたのですw(失礼w) 聴いてみると他のプログレ・バンドに比べて一番普通に聴けるバンドで、曲数も普通だし、長さも普通w ではどの辺がプログレッシブなのか、というと「ムーグ」を前面に押し出した(原則としてギター・レス)サウンドは、クラシックやジャズも極めた「エマーソン」の変幻自在のプレイとそれに追随する「レイク」と「パーマー」のジャズ奏法とロック奏法を使い分けてのプレイがクラシック的な荘厳な音からジャジーなグルーヴの曲まで幅広く表現しており、このテクニックこそがプログレッシブであったといえると思います。 
アーティスト: EMERSON LAKE & PALMER
タイトル: Tarkus

最初に聴いたのは大学の頃、「原子心母」を聴いたのが最初でした。 最初僕はバンド名は「ピンク・フロイト」だとばかり思っていてw、往年の碩学、かのジグムント・フロイト博士(精神分析や夢判断などで有名ですねw)の名前から付けてるのだとばかり思っていました(恥) そしてなおかつ頭に「ピンク」と付いてる事によって「人の行動は無意識下の性衝動(リビドー)によって支配されている」とするフロイト学説をおちょくった名前だと感心していましたw(浅) 実際は「ピンク・フロイド」、でミュージシャンの名前から取ったそうですがw とにかくw聴いてみると、一曲目の組曲「原子心母」のオーケストラ演奏のイントロを聴いて拍子抜けしました。 聴くにしたがってオペラかミュージカルみたいな部分もあったりして???となったところ・・・曲の途中でいきなり「サスペリア」とかのホラー映画の効果音みたいなのが流れてきてゾクゾクしました。 人間の精神を不安にさせるような不気味な不協和音でブッ壊れた音に、「おお! これでこそ!こんなのが聴きたかった!」と納得。 しかしその後は普通の曲が続いたりと良くわかりませんでした。 さらに難解なのが最後の組曲「アランのサイケデリック・ブレックファスト」、フライパンで炒める音などのSEの合間を縫って曲が展開するというw その後なんとビルボードのTOP100に14年間居座ったという、おそらく世界で最も売れた世界的アルバム「狂気」(公式には「マイケル・ジャクソン 」の「スリラー」だそうですが、「狂気」発売当時は統計なんてとってなかったのだそうです。)を聴いてみると、1曲の長さは普通になった代わりに、「原子心母」の壊れた音をさらに一歩進めて、まさしく僕が最初に思い描いた「プログレ」らしい音で満足でしたw でもやっぱり普通の曲も入ってるんですよねw しかし・・・それにしてもなぜコレがそんなに売れたのか・・・w 

アーティスト: PINK FLOYD
タイトル: Atom Heart Mother