希死念慮を追いやってでも、生きて知りたかったことがありました。
解離性障害とうつ病と共に生きるへなちょこ
です。
夏休み明けて、疲れが出まくりセージを炊いています。
高校3年の時に、鬱が重くなった時、希死念慮が酷かったです。
その時に感じていたのは悔しさでした。なんか私はみんなと違う。何でだろう。終わりはそれを知ってからでも良いのではないかと思えたんです。
人生で決まっていることは生まれてきたからには終わりがある。終わりは平等に誰にでもある。終わってしまったら、どうして私が普通じゃないと感じてきたのかを知ることができない。それが悔しい。
ASDの影響下で育つしかなかった私が、限界を感じたところから私の人生は始まりました。その後、自分で選んで決めたことに後悔はありません。後悔しないように決断をするようにしてきました。
解離と鬱を抱えていたり、ASD疑いの親がいたりする条件の素で仕方なく選んだことももちろんあります。そこについてはこの人生の業のようなものかなと考えるようになりました。
8/28副食物費です。
レシートをなくしました。
息子と一緒に買い物に行き、張り切ってレシートを握りしめてレジを通過するスキャンをしてくれたところまで覚えています。
その後受け取った記憶がないので荷造りの手伝いやかごの返却などお手伝いしてくれるなかで紛失したのだと思います。
豆苗 ?
なめこ ?
しめじ ?
きゅうり3本 ?
合計709円でした。差引き▲902円で1日分割当額1967円を足した2869円が8/29の当日割当額となります。
両親が何かおかしくて、私は自分を取り戻せば良いと思えたことで人生を終わらせる方向ではなく、その時々の自分が精一杯できることをやると舵を切れたことが今の私の基礎となっています。