希死念慮の先送り。
解離性障害とうつ病と共に生きるcaili-cairyです。
10代で鬱になった時には、薬を飲んで少し回復したところで希死念慮が強くなりました。もう無理、動けない。から薬で少し動けるようになったために行動が自⚫️に向かいがちな時です。
その時、私が思っていたのは、私が好きだと思う人たちと元気になって過ごしたいという事でした。
そして、それ以上に思っていたのは、人生で決まっているのは産まれたなら必ず死ぬこと。どんなに幸せな人生を送っている人でも必ず死ぬこと。急がなくても私は必ず死ねることでした。
そう。誰でも決まっていること。人は必ずタヒぬこと。
なので、今死ぬのではなく、何がみんなと違って私の人生の困り事が起こっているのか理解してから死んでも良いなと死を先送りしました。
いつ死んでも良いと思うと、とりあえず日々を過ごす為にバイトしたり、そのお金で旅行に行ったりと今まで「親の望む」やり方をするしかなかったことから解放された、予想もしなかった日々が待っていました。そして、新しい視点で物事を見ることも増えました。
この頃、思っていたのが、未来の自分に胸を張れる選択をするということでした。人生って選択の連続です。選ぶ時に、未来の自分が、納得してくれるものを選ぶ様にしました。
4/28 副食物費です。
豆腐 84円
小間切肉 400円
小間切肉 443円
もも肉 515円
人参3本 170円
ジャガイモ7個 298円
玉ねぎ6個 298円
もやし 84円
長ネギ2本 138円
茗荷6本 324円
お菓子 128円
グミ2袋 222円
油揚げ2枚 128円
合計3,232円でした。差引▲2,929円となり1日分割当2,166円を足した▲763円が4/29の当日割当額となります。
未来の自分に胸を張れる選択をする。あの時にそう思って、そこの軸はブレずに粛々と人生を送ってきました。
自分のすることは、全て自分の選択であること、結果を自分で引き受けることを念頭に日々を過ごしたその積み重ねが今の私の足元を固めてくれています。
自分の健康状態などからできないことも多いけれど、そこを嘆いても責めてもそこからは逃げることができないから。
できない自分もマルっとそのまま引き受けて。できないなりにベストな選択ができるように。休む時には休むを自分に許す、時には課すことで流されるように生きてきました。
幼い私が、強固な地盤を作らなかったけれど、そう決めた時から固めてきた地盤は確かにあるという手応えを感じているアラフィフです。