ザ・ライフ・オブ・ディビッド・ゲイル ~03(米) | 映画とcoffee、ときどき妄想

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     ≪そろそろ映画館に行きたい・・・・≫ 

監督:アラン・パーカー
製作:ニコラス・ケイジ/アラン・パーカー
製作総指揮:モリッツ・ボーマン/ガイ・イースト/ナイジェル・シンクレア
脚本:チャールズ・ランドルフ
撮影:マイケル・セレシン
編集:ジェリー・ハンブリング
音楽:アレックス・パーカー/ジェイク・パーカー
出演:ケヴィン・スペイシー/ケイト・ウィンスレット/ローラ・リニー/ガブリエル・マン/マット・クレイヴン/ローナ・ミトラ他

あなたはこの結末に納得できますか…。

評価★★★★☆
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[STORY]
全米の中でも死刑の執行回数が飛び抜けて多いテキサス州。
大学の哲学科で教鞭を執る人気教授デビッド・ゲイルは、妻と息子を愛する良き父親であり、死刑制度反対運動に熱心に取り組む活動家でもあった。
その彼が、今は活動団体の同僚コンスタンスをレイプしたうえ殺害した罪で死刑が確定し刑務所の中にいる。デビッドは死刑執行直前になり、突然人気誌の女性記者ビッツィーを指名し、多額の報酬と引き替えに残りの3日間での独占インタビューを許可した。デビッドの有罪を疑っていないビッツィーは彼の話を聞くうち、いつしか冤罪を確信するようになるのだが…。

[IMPRESSION]ネタバレ注意!
こりゃ賛否両論ですなおそらく。大体にして、ケビンの作品て事で、『絶対ナニか裏がある!』的な見方で映画を見てしまっていたので、見終えた時は『やっぱりかー!』と言う妙な満足感!
結果的に最初から最後まで、全て計画通りにケビンらによって仕組まれたことで、死刑執行そのものも全て思惑通りだったって訳なんだが、『死刑反対』を唱えるためには何をやってもいいのか?と言う問題になると、それはまた別の話なわけで。
『冤罪による死刑もあり得ることの証明』をこのような形で行って、本当に人の心にその事実が刻み込まれるのか?となると、意外に人間てものはイイカゲンなもので、あっと言う間に忘れ去られる事実なんだろうと・・・・。死刑制度反対派がみても賛成派が見ても何とも後味の悪い作品になるんじゃないの?作品が悪いとか良いとかではなくてね。投げかけてる問題を、このような形で表現する事をどう思うか?って事で。

ちなみに、アタシは死刑反対派でも賛成派でもありません。ぶっちゃけ、そういう境遇に立たされていないので、その時にならないと判らないのが本音。