「命のスープ」は出発点!潰瘍性大腸炎患者のゴールはどこ?私の使命は何? | 2歳~6歳さんの好き嫌いが無くなり、しつけも学べる子供料理・お菓子教室【大阪心斎橋駅から6分/長堀橋駅から3分】

2歳~6歳さんの好き嫌いが無くなり、しつけも学べる子供料理・お菓子教室【大阪心斎橋駅から6分/長堀橋駅から3分】

お料理もお菓子も作れて☆親子で一緒にクッキング&試食も楽しい♪教室です!
子供の好き嫌いを改善する調理法や、食事マナー、しつけなども合わせて学ぶことが出来ます。

「命のスープ」は出発点!潰瘍性大腸炎患者のゴールはどこ?私の使命は何?

 

こんにちは!

 

「2歳~6歳さんの好き嫌いが無くなり、しつけも学べる子供料理・お菓子教室」講師の中村幸子です。

 

前回は、健常者のための「命のスープ」について、特に干しシイタケが嫌いなケースについて。

 

干しシイタケが苦手で、「命のスープ」が飲めません、どうしたらいいでしょうか??

 

というご質問に、3つの提案をしました。

 

今回からは、「命のスープ」は出発点!潰瘍性大腸炎患者のゴールはどこ?私の使命は何?です。
 

 

あくまでも、私中村幸子の経験談からのお話としてお聴きください。

 

(少し長いです・・・(;^_^A)

 

・23歳で潰瘍性大腸炎を発症

 

・最初の”谷底”期(20代前半)では、病院から渡される潰瘍性大腸炎の薬「サラゾピリン」で、辛い症状は1年弱で治まる。 

 

・2回目の”谷底”期(30代前半)では、「サラゾピリン」やステロイドを服用。

 

1回目よりも辛い症状がつづいたので、甲田先生の「すまし汁断食」を実践しました(「命のスープ」の原形です)。

 

 これが少しずつ効いて、35歳頃には「心身ともに100%健康体」を感じることができました!

 

・その後、数年ごとに、回復期の波があり、10年に一度の”谷底”を繰り返しています。

 

 

・仕事上でのストレス(フランス語の講師)や、更年期障害が長引いたことや、リストラや母親の介護(脳梗塞で倒れ半身不随に)、母親の死・・・、など、

 

人生の波とリンクするカタチで、潰瘍性大腸炎の症状も良くなったり、悪くなったりを繰り返してきました。

 

 

50歳を過ぎて、

 

母親の遺品整理をしながら、自分自身の人生の棚卸をして、「今後まだイノチを与えられるなら、何をしていったらいいのか?」に直面。

 

私が自分の一生でし残したことは何?

 

これから、〇〇をしたい!は、具体的に何??

 

を真剣に探しました。

 

その時に、目の前に浮かんだのは、幼い頃のこういう楽しい光景でした。

 

 

 

これだ! これをしたい!が見つかったのです!

 

母親と毎日、台所でお料理をしていたことが、私にとって楽しくてしかたがなかったこと。(*^-^*)

 

かけがえのない母親との大切な思い出。

 

これこそ、私の宝!

 

こういう日常を通して、母親は姉や私に、今でいう”食育”をしてくれていたのです。

 

 

それからう余曲折、いろいろありましたが、

 

現在は、2歳~6歳の子供さんの為の「お料理&お菓子教室」を主宰しています。

 

 

この教室では、2つの役割があります。

 

・お料理をすること&食べることの楽しさや大切さを伝える

 

・次世代の2歳~6歳の子供達に、お料理の意義&しつけを教える

 

です。

 

 

長い前振りでしたが、(汗)

 

タイトルの

 

「命のスープ」は出発点!潰瘍性大腸炎患者のゴールはどこ?私の使命は何?について。
 

 

23歳で潰瘍性大腸炎を発症したときに、お医者さまに言われたことばは、

 

・この病気は、一生治りません。最悪、大腸がんになることもあるので、養生してください。

 

でした。

 

 

その数ケ月前に元気だった父親が胃がんから肝臓がんに転移して亡くなったことがショックで、

 

「最悪、私は大腸がんで数年後には死ぬ!30前には死ぬんだ!」と絶望的になったことがあったのです。

 

 

あれから47年、私はここ10年余り、潰瘍性大腸炎の症状が出ることもなく、元気にお料理&お菓子講師の仕事をして生きています。

 

 

私は、今まで生きてこれたことが「めちゃくちゃラッキー!神様にイノチをもらえたんだー!」とただただ感謝をしておりました。

 

心の中では、ホントは「父親の”陰徳”のおかげ」と思っていたのですよー。

(^_-)-☆

 

 

その後、ご縁があり、ある方からこういうふうに諭されました。

 

 

「47年間のイノチを与えられたのはなぜか?考えたことがありますか?

 

それは、潰瘍性大腸炎で苦しんでいる人々に、どうやったら善くなるのかを伝える”使命”が幸子さんにあるためです」。

 

 

こういうことを言われたのは初めてだったので、しばらくキョト~ン!!

 

しかし、この言葉をきいて、私は「ココロの”大黒柱”を見つけた気持ちになりました。

 

 

そうすると、神様からいただいた47年のイノチで、経験したこと一年一年が「潰瘍性大腸炎患者中村幸子が回復にいたる道しるべになる!

 

 

「命のスープ」が出発点!すべての始まり!

 

潰瘍性大腸炎患者のゴールはどこ?

 

 

それは、潰瘍性大腸炎が難病と言われていても、

 

・自分の身体とココロの”主人は、自分自身。

 

・潰瘍性大腸炎の症状がでても、食事の面で「質の高い生活」を送ることはできる!

 

・また、自分の一生をかけてやりたいことにも挑戦できるようなメンタルを鍛えることができる。

 

なんだと今の私は考えています。

 

 

潰瘍性大腸炎患者の方々に、「長いスパンでの食のご案内&人生の過ごし方」を指南できるのは、こういう”使命”を与えられた者だけができること。

 

 

明日からは、潰瘍性大腸炎があっても人生を愉しむ方法を、具体的にお話していきます。

 

今日のお話は、あなたのお役に立てましたか?^^

 

ニコニコ

 

次回は明日の18時!お楽しみに!

 

 

(*^-^*)

 

【難病潰瘍性大腸炎患者私中村幸子の世界観&人生ストーリー】と題して、60回以上、書いてきました。 

 

 

その理由は、

 

潰瘍性大腸炎で苦しんでいる状態から抜け出す【やり方】があるから。 

 

また、こういう状態から抜け出す【考え方】があるから。 

 

 

私の人生のストーリーから、それらの【やり方】と【考え方】を盗んじゃってくださいね! 

 

 

そして、あなたは、「私には、夢も希望もある!その実現の為に、自分の人生ではコレをやりたい!」  をぜひ実現させてくださいね。ヽ(^o^)丿

 

 

いま苦しんでいるあなたは決して一人ではありません。

 

あなたのことを理解してくれる人は必ずいます!^^

 

 

ぜひ、お読みになって、なにかのキッカケをゲットしてくださいね!

 

 

23歳の時に潰瘍性大腸炎と診断されるも、47年後のいま元気に「2歳~6歳さんの為の子供料理・お菓子教室」講師をしている中村幸子でした。

 

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。