「名前?マキだけど」
「だから、フルネームは?」
しびれを切らしてそう言うと、マキはバッグから名詞を取り出して俺様に差し出した。
「鷹野真咲…えぇっ、た、たかのまさき!?」
今度は俺様のほうが驚いてしまった。鷹野真咲といえば、舞台演出の世界で知らない人はいない。まさに裏方のプロと言われる人物だ。けれど、表舞台には一切顔を出さないので、その人が男性なのか女性なのか、年齢なんかも一切不明。知っている人しか知らない謎の人物だった。
その鷹野真咲が、目の前にいる冴えないちんちくりんの女性、マキだったとは。
「ど、どうしてマキって呼ばれているんですか?」
自分でもわからないが、なぜだか急に敬語になってしまった。
「だって、”まさき”って言いにくいじゃない。だから仲間内では”まき”って呼んでもらってるの」
「その、鷹野さんがどうしてあんな小さな劇団に?」
「だって、あそこが私の劇団なんだもん。まぁ、大きな舞台を手伝ってから、私の名前だけが勝手に独り歩きしちゃってるみたいだけど。あの劇団をやってたら、裏方全部やらなきゃいけなくて。それで今みたいになっちゃっただけなんだけどね」
マキ、いや鷹野さんは謙虚にそう言う。