第50話 志あるもの その9 | 【小説】Cafe Shelly next

【小説】Cafe Shelly next

喫茶店、Cafe Shelly。
ここで出される魔法のコーヒー、シェリー・ブレンド。
このコーヒーを飲んだ人は、今自分が欲しいと思っているものの味がする。
このコーヒーを飲むことにより、人生の転機が訪れる人がたくさんいる。

「いかがでした?」

 マイさんの言葉にハッとさせられた。一瞬の間に壮大なスケールの映画を見ていたような気分であった。その映画からようやく意識が舞い戻ってきた。

「なんだかすごいものを見てきた気がします」

 そこで私は今見た光景を話してみた。

「なるほど、秋山さんが軍師になる。そしてリーダーたちを、さらにはその地域の人達を動かす。そういうことなのですね」

「えぇ、でもこれって?」

「うふふ、それが秋山さんが望んでいた答えなのね。実はこの白いクッキーはシェリー・ブレンドと合わせると、食べた人が欲しい答えを明確にするっていう作用があるの。だから秋山さん、自信を持って軍師になってみてくださいね」

 マイさんにそう励まされると、なんだか力が湧いてくる。そうか、軍師か。

「でもそうなると、軍師になるような勉強をしないといけませんね」

「ではどんな勉強をしてみますか?」

 羽賀さんから質問されて、いくつかひらめいた。

「まずはやはりマーケティング的なところでしょう。ドラッカーが流行っていますが、私ももう一度そこを勉強しようかな。他にもリーダーシップ、さらには各地域で行われている成功例とか」

「まだ思いつくものはありますか?」

 まだ思いつくもの、そのときまさに三国志が頭に浮かんだ。

「やっぱり三国志、ですかね。どういうつながりがあるかはわかりませんが。なんだか役に立ちそうです。でも、三国志なんて読むのに疲れそうだな」

「だったらうちにいいのがありますよ。ほら、マンガ版の三国志。これならすぐに読めるんじゃないですか」

「あ、それいいですね。羽賀さん、その本お借りしてもいいですか?」

「えぇ、遠慮なく」

 この日、早速羽賀さんの事務所を経由して三国志のマンガを借りた。一気に全部は多いので五冊ずつ。何しろ全部で六十巻まであるからな。あせらずにいくか。

 他にも羽賀さんのところには沢山の本がならんでいた。

「これも借りていいですか。あ、これも」

 図書館で本を借りるよりも、こっちのほうが面白くて専門的なものがたくさんならんでいる。私はついつい言葉に甘えて、結局三国志以外にも五冊ほど借りてしまった。

 その日から勉強と企画の日々が始まった。どうすれば地域リーダーが育つのか。そしてそのリーダーを動かすことができるのか。

 今まで私は「自分が考えねば」という気持ちが強かった。だが軍師としては「どうやったら考えさせることができるのか」に意識をおかないといけない。そのことがよくわかった。

 私一人の考えよりも、多くの人の考えをいかに集結させるか。そういった仕掛けをたくさんしていかないと。そのためにも、我が商工会職員にファシリテーションやコーチングを学んでもらうことにしよう。今までは会員にばかり目を向けていたが、職員教育も必要だ。その提案を早速所長に行い、了承してもらった。その結果、羽賀さんや堀さんの職員研修が実現された。

 空気が変わった。私にはそう感じられた。

 一見すると今までと変りない仕事の流れ。しかし、職員一人ひとりが何かを持ってそれに取り組んでいる。そういった姿が感じられるようになった。

 その気持が徐々に商工会の会員企業に伝わっていったのだろう。徐々に街が動き始めた。そんな感じを受ける。

 そんな中で私は常に軍師をイメージして、適切なアドバイスができるように日々の勉強を怠らないように心がけた。今では羽賀さんとは時々カフェ・シェリーで会うことを約束し、シェリー・ブレンドで自分がやるべきことを確認しながら前に進むことができた。本だけでなく羽賀さん自身からもいろいろと情報を得ることができている。その見返りというわけではないが、羽賀さんには仕事として地域リーダーの育成やアイデア出しワークショップの仕事をお願いしている。

 会員さんからも、なんだか活気づいてきましたねという声をたくさん聞くようになった。うん、良い感じだ。これが私が望んでいた姿なんだ。

 今までは私は与えることしか考えていなかった。けれど、こうやってみんな自分で考えて事を起こすことはできるんだから。そのためには一つの大きな目的が必要。これも痛感させられた。

 気がつけば、多くの人が「街の活性化」のために動き始めた。商工会の会員のみならず、街全体が一つのことに向けて動き出した。そんな感じがする。

 私はそんな中、常に全体を見渡して次の戦略を立てて動くようになってきた。

「秋山さん、なんだか生き生きしていますね」

 ある日、カフェ・シェリーのマイさんから言われた言葉だ。この喫茶店に通い始めてから、私の心は大きく変化した。ここに来る以前は、不平不満しか口にしていなかった気がする。