「おぉ、カフェ・シェリーか。あそこはいい喫茶店だ。加藤くんから勧められて行ったが、おかげで私も悩みが解消できたよ。あのときは助かった。来生くん、どんな悩みかは知らんが君もぜひカフェ・シェリーに行ってみたまえ。私なんかよりもきっといい答えを導いてくれるよ」
「は、はぁ」
まさか隆史の言葉に飯山先生がこれほどの反応を示すとは。ちょっと驚きである。
で、結局飯山先生には相談をしそびれた。だがカフェ・シェリーという新たな相談先を見つけることができた。
しかし、隆史や飯山先生が熱弁を振るうほどの魔法のコーヒー、シェリー・ブレンドとはどんなものなのだろう? 飲むとその人の望んだものの味がする、ということだが。それが悩みの解決とどうつながるのか? とにかく行ってみるしかない。早速次の土曜日にカフェ・シェリーへと足を運ぶことにした。
「っと、この通りだな。ここ、久しぶりに来るなぁ」
隆史からもらった地図を頼りに来たのは、車一台が通る程度の細い通り。道の両端にはレンガでできた花壇があり、道そのものはパステル色のタイルが敷き詰められている。いい感じの通りだ。
「ここの二階か」
下手くそな字で「ここ」と描いて丸をしている場所に到着。そこには黒板の看板が置いてあり、こんな言葉が書かれていた。
「いつもの毎日が幸せの証です」
これ、どういう意味だろう。けれどなんとなく感じるものはある。それがなんなのかはわからないけれど。言葉が気になりつつもお店へとつづく階段を上がる。
カラン、コロン、カラン
ドアをひらくと心地良いカウベルの音。それとともに香ってくるコーヒーの匂い。さらに遅れて甘いクッキーの香りが僕の脳を刺激する。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのはとてもきれいな店員さん。隆史から聞いている。この人がマイさんだな。確か、カラーセラピストとしても活躍していて、若いけれどとても頼りになる女性だとか。そしてここのマスターの奥さんでもある。
「いらっしゃいませ」
遅れてカウンターから低くて渋い声が出迎えてくれた。この店のマスターだ。僕より年上で頼りになるらしい。昔は駅裏の学園高校で先生をしていて、そこで教え子として今の奥さんと知り合った。歳の差カップルではあるが、それを感じさせない爽やかさがあるとか。
この二人とシェリー・ブレンドが僕の悩みを解決してくれるだろうか?
「あのぉ、ここにシェリー・ブレンドという魔法のコーヒーがあると聞いてきたんですけど。それをもらえますか」
僕はカウンターの席に着くなり、水を持ってきた店員のマイさんにそう注文をした。
「シェリー・ブレンドですね。かしこまりました。マスター、シェリー・ブレンドひとつお願いします」
優しくも元気な声で僕の注文を復唱してくれる。なるほど、隆史や飯山先生がこの店を勧めるわけがわかる。なんとなく居心地がいい。初めての店なのにリラックスできるし。やはりこのコーヒーとクッキーの香りのせいなのだろうか。それとも、白と茶色でまとまったシンプルな店の内装のせいだろうか。小ぢんまりとした喫茶店ではあるが、なぜかゆったりとした気持ちにさせてくれる。
「お客さんはどちらでここのコーヒーのことをお聞きになったのですか?」
マスターがコーヒーの準備をしながら私に語りかけてくる。そのにこやかな笑顔も居心地の良さの理由の一つだろう。
「高校の頃の同級生に聞いたんです。文具屋を営んでいる加藤というやつなのですが」
「あぁ、隆史さんかぁ。隆史さんはよく来ていただいていますから」
「はい、僕が今悩みを持っていると言ったらここを勧められて」
「なるほど。ではもうお聞きになっていると思いますが、今からお出しするシェリー・ブレンドはその人が望むものの味がします。人によってはその映像が出てくることもあります。それが今お持ちの悩みに対しての解決のヒントになるかもしれません」
マスターからそう言われると、期待感が高まる。シェリー・ブレンドは僕に一体どんな答えを見せてくれるのだろうか。