第40話 魔法の効かない男 その1 | 【小説】Cafe Shelly next

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喫茶店、Cafe Shelly。
ここで出される魔法のコーヒー、シェリー・ブレンド。
このコーヒーを飲んだ人は、今自分が欲しいと思っているものの味がする。
このコーヒーを飲むことにより、人生の転機が訪れる人がたくさんいる。

 悩みというのは尽きないもので。僕も今までいろんな悩みを持ってきた。友達とのちょっとした思い違いでの喧嘩。両親との意見の食い違い。高校や大学進学の時の進路のこと。人並みに恋の悩みもあった。

 そして結婚をするときも正直悩んだ。本当にこの相手で一生を暮らしていけるのだろうか。そんなことを真剣に悩んだ挙句、今その相手とは二人の子どもまでいる始末。

 家を建てようと思った時もかなり悩んだ。ローンを組んで、そこに定年まで縛られる人生が始まるのか。

 それを一方では幸せと呼ぶということも知った。まぁこうやって思い起こせば、僕の人生も悩みばかりのように思えるが。けれど、気がつけばそれなりに平穏無事に暮らしているところを見ると、悩んだ挙句の選択には間違いがないのだろう。

 しかし、今目の前には今までの人生にはなかった、最大級と思える悩みが舞い込んでしまった。これをどう乗り越えればいいのか。誰かに相談したいのだが、その誰かが思い当たらない。まずはそこに悩んでしまった。

 えっ、何を悩んでいるのかって? きっと周りから見れば、大した問題には思えないだろうけれど。だからあまり人には言いたくない。でも、誰かに相談したい。

 僕はよほど悩んでいた顔をしていたのだろう。

「あなた、何か困ったことでもあったの?」

 妻が心配そうに僕に声をかけてくれた。しかし、この悩みを妻に相談していいものだろうか。いや、やはり世間一般的に見て、自分の妻に相談を持ちかけるべきなのだろう。が、的確なアドバイスが出てくるとは思えない。むしろ私の気持ちを引っ掻き回すだけになると思う。

「まぁ、ちょっと会社でね」

 と言葉を濁すことにした。

「そう、大変ね。私にはわからないことだけど、あまり無理をしないでね」

 妻は会社のこととなると、自分には手に負えないのでノータッチになる。

 はぁ、この問題をどうすればいいのだろうか。私の態度はどうやら周りにも影響を及ぼしているようだ。

「来生さん、なんだか最近元気がないようですけど。どうしたんですか?」

 会社で女子社員からそんな声をかけられた。

「あ、いや。ちょっと家でいろいろとあってね」

「そうなんですか。なんだか大変ですね」

 こっちはこっちでごまかすために、家で何かあったことにしておいた。わざわざ女子社員に話す内容でもないし。女子社員も家庭のこととなるとそれ以上突っ込んでは聞いてこない。

 さて、誰に相談するのが一番いいのか。話したい、けれど話す相手がいない。困ったな。こんな気持ちじゃ家庭にも仕事にも身が入らない。

 そんなこんなで数日を過ごしていたとき、私の手元に一通の手紙が舞い込んだ。

「同窓会のお知らせ、か」

 それは高校の同窓会が開かれるという内容である。手帳を開きスケジュールを確認。この日だったら空いてるな。それにしても急なことだな。

 幹事は文具屋の隆史か。あいつ、こういうのは得意だからなぁ。集まるのはあいつの結婚式以来か。隆史は中学の時の同級生と結婚したんだったよな。なんでもクリスマスの時にやたらロマンチックなプロポーズをしたとか。ったく、幸せなやつだ。

 それにしてもどうして今頃同窓会なんだ? それについては案内のハガキの下の方にさりげなく書いてあった。

「我が師の飯山先生が今年退職されます。みなさんと一緒に大いに盛り上がって退職をお祝いしましょう」

 そうか、飯山先生ももうそんな年齢になるのか。

 飯山先生は高校の頃の恩師。僕が進路のことで悩んでいたときにかなりお世話になった。進路だけじゃない、人生に対してもいろいな教えをいただいた。僕だけでなく、隆史を始め同級生の多くが飯山先生を今でも慕っている。すばらしい方だ。