第39話 男のクリスマス その1 | 【小説】Cafe Shelly next

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喫茶店、Cafe Shelly。
ここで出される魔法のコーヒー、シェリー・ブレンド。
このコーヒーを飲んだ人は、今自分が欲しいと思っているものの味がする。
このコーヒーを飲むことにより、人生の転機が訪れる人がたくさんいる。

 今年もこの季節がやってきた。街にはクリスマスソング。イルミネーションもあざやかに、足早に行き交う人達も忙しさの中にも何かを期待しているような感じがする。

 私は街中にある、ブルーのライトに彩られた大きなクリスマスツリーのそばのベンチに腰掛け、その人達を観察していた。タバコを一本取り出す。灰皿を探すが近くには見当たらない。それどころか、タバコの絵に大きくバツがしてあるイラストが目に入る始末。

 ここもか。タバコが値上げをしてからというもの、世の中は禁煙ブームで私のような人種には生きづらくなってきた。

 ふぅっとため息をついて空を見上げる。そっか、私もいい歳になったもんだなぁ。この世に生を受けて四十六年とちょっと。気がつけば一人で過ごす時間のほうが長くなっていた。高校までは両親と暮らしていたが、大学に入ってからはずっと一人暮らし。途中、彼女と呼べる女性はいたが、それも長続きしない。そうして結婚適齢期というのを過ぎて、今ではしがない中年のサラリーマン。

 もう女性にモテようなんてことは考えない。婚活も一時期はやってみたが、疲れるだけ。もう焦るのはやめよう、そう思ったら気が楽になった。そして今日に至るわけだ。

「さてと、そろそろいくか」

 今日は仕事の取引先のところへ足を向けたため、わずかではあるがここでこのような時間を過ごすことができた。そうでなければシステムエンジニアの私が、昼間の明るい時間に外を歩くなんてことはできない。通常、この時間は穴蔵と呼ばれる部屋で、ひたすらプログラムの作成をしているのだから。外に出なければ、こんなクリスマスの雰囲気など味わうこともできない。

 それにしても人ってこんなに多かったんだ。平日の昼間にもかかわらず、通りを行き交う人の波は果てることがない。これが休日だったら、もっと多いんだろうな。特にこのシーズンはお歳暮やクリスマスプレゼントといったものを買い求めるお客さんでごった返す。こんな人の波に揉まれるのはゴメンだ。やはり一人で時間を過ごしたほうがいいな。その考え方が、私から女性というものを遠ざけているのは十分承知しているのだが。

 おっと、そんな感傷に浸っている場合じゃない。そろそろ行かないと。

 スクッと立ち上がったところで、正面のベンチに座っている女性が目に入った。なんだかオロオロしている。何かを一生懸命探しているようだが。バッグの中をみたり、ベンチの周りを見回したり。結構困っているようだな。

 そう思いながらもその場を立ち去ろうとする。が、なんとなくその女性が気になって仕方ない。えぇい、このままにしておくのもなんだなぁ。

「なにかお困りですか?」

 私は思い切ってその女性に声をかけてみた。すると女性は突然現れた私という男性に驚いたようだ。

「あ、いえ、だ、大丈夫です」

 まるで私をどこぞの変質者のような目で見る。そりゃそうだ、何の前触れもなくいきなり見知らぬ中年男性が声をかけてくるのだから。私は声を掛けるんじゃなかった、という後悔の念が出てきた。

 そのときである。いきなり女性の背中の方から音楽が鳴り出した。よく見ると、女性は首から下げていた携帯電話が背中の方に回っていた。その音に慌てたのはその女性。

「えっ、どこ、どこっ?」

 だが未だにその音がどこから鳴っているのかをつかめずにいたようだ。

「あのー、ここですけど」

 私は背中に回っていた携帯電話を手に取り、女性の目の前に差し出した。女性はあわてて私の手から携帯電話を奪い、そして会話を始めた。

 なんだ、携帯電話を探していたのか。それにしても、首から下げていたのが背中に回っていてそれに気づかないとは。それでオロオロしていたのか。なんかちょっと天然ボケの入った女性だな。

 あらためてこの子を見る。年齢は二十代後半ってところか。それなりのスーツに身をまとっているが、どことなく似合わない。スーツに着せられているって感じだ。新入社員とは違うが、どことなく初々しさを感じる。顔もそれなりにかわいいじゃない。まぁ、自分くらいの年齢になると若い子はみんな可愛く見えるものでもあるが。