第38話 熟年離婚 その7 | 【小説】Cafe Shelly next

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喫茶店、Cafe Shelly。
ここで出される魔法のコーヒー、シェリー・ブレンド。
このコーヒーを飲んだ人は、今自分が欲しいと思っているものの味がする。
このコーヒーを飲むことにより、人生の転機が訪れる人がたくさんいる。

 香ばしいゴマの香りがする。なんか大人の味って感じ。そしてコーヒーを口に含んだ。コーヒーの苦さがさらに引き立つ。

 ん、なにこれ。

 今度はさらにふわっとした感覚が強くなった。まるで天に登っていく感じ。何の束縛もない、自由な感覚。そこで私はいろんなところに出向き、いろんな人と会い、いろんなものを食べ、そして…そうよ、そうよ、これがしたかったのよ。もっと自由にあちこちに飛び回りたかったの。

 そんな思いが頭に巡っていたとき、旦那の声で目が覚めた。

「なんだこりゃ!」

「なにか見えましたか?」

 マイさんと呼ばれた女性の店員さんが優しく旦那に語りかけた。

「いやぁ、ちょっとびっくりしたなぁ。これ、幻覚が見える薬でも入ってるのか?」

「うふふ、やはりなにか見えたようですね。実は飲んでいただいたコーヒー、シェリー・ブレンドにはその人が望んだものの味がするという魔法があるんですよ。さらに先程食べていただいた黒ごまのクッキー、あれと一緒にあわせると、その人の望む未来が見えてくるんです」

 そうか、だから私はあの自由な感覚に包まれたのか。

「なるほどねぇ。それでか」

「なにが見えたのよ?」

 私は恐る恐る旦那にそれを聞いてみた。

「あ、いや、それは…」

 言葉を濁す旦那。きっと私には言えないような未来なんだわ。どうせそんなものよ。

 私はちょっと旦那に背を向け、孫のかずきの頭を撫でて気持ちを紛らわせた。

「じゃぁ、次は白い方のクッキーを同じように口に含んでシェリー・ブレンドを飲んでみてください」

 マイさんの説明通り、今度は白いクッキーを口に含む。今度は甘いミルクの味。口の中でとろけていくようだ。そしてコーヒーを口に含む。すると、今度はコーヒーの苦味とその甘さがいい具合に溶け合って、なんとも言えない味になる。まるで私の口の中で渦を巻きながら深く、深く吸い込まれていく感じがする。そして、その先には安心というものが

 あぁ、そうか。甘いだけじゃだめなんだ。苦いだけでもだめなんだ。両方がミックスした、そんな生活をしていけばいいのか。でも、それって何?

 そう思った瞬間、私の目の前には旦那の姿が浮かんだ。

 このとき直感的にわかった。苦味ってこのことよね。そして甘みって言うのが私の甘えたい気持ち。この二つを融合させれば、私の気持ちは深く、深く安心したところに落ち着いていけるのか。

 ということは、旦那と一緒にいろってこと? 離婚しなくても、私が望んでいる安心した甘い生活は送れるってこと? でも、どうやって?

 そう思ったときに、今度は現実に旦那が目の前に写った。

「おい、聞いてくれ」

 旦那が突然私にそう言ってきたのだ。一瞬、夢と現実とがごっちゃになった感じがした。けれどその声は現実のもの。

「あ、はい」

 私はついそう返事をしてしまった。旦那は何を言い出そうというのだ?

「今から正直に話すから。黙って聞いててくれないか」

 な、何が始まるのよ?

「おめぇには苦労かけさせた。いっつも店番ばかりで、どこにも連れていってやれなくてよ。オレばかりいろんなおいしい思いをしちまって。ホント、申し訳なく思っている」

 ど、どういうこと? 今までそんなこと、一言も言わなかったくせに。旦那の言葉はまだまだ続く。

「おまけに、孫のかずきの世話までやらせちまって。そもそもオレが子育てに関わらなかったのがまずいんだよな。娘の里奈が出戻りで帰ってきたのも、もうちょっとオレが辛抱ってやつを子どもに教えておけばこんなことにはならなかったのに。子どもに甘すぎたんだよなぁ」

 そうそう、旦那は子どもにはホント甘いんだから。娘が離婚するって言い出した時も、じゃぁウチに戻って来いとすぐに言う始末だし。