「あのね、あのね、お父さんとお母さんが見えたの。わたし、もうすぐそっちに行くからって、そう言ったの。でもね、お父さんもお母さんも来ちゃいけないって、そう言うの。そしてね、二人ともわたしの後ろを指差すの。振り向いたらね、ご主人様がいたの。そしたらわたし、体の奥が熱くなって…とてもうれしくなって…ご主人様…」
アキがなぜこんなことを言い出したのかわからない。それよりも心配なのは、店員の前でわたしのことをご主人様と呼ぶこと。女子高生と中年男、きっと変な関係だと思われているだろうな。私は慌てて店員に説明を始めた。
「あ、アキはメイドカフェで知り合って。私のことをご主人様って呼ぶんですよ。でね、アキは、アキは…白血病なんです。それであとわずかしか生きられないんです。そんなアキの望みが街を歩きたいってことだったから…だから病院を抜けだして、今ここにいるんです」
まるで私の言い訳のようにしてそう言った。店員はわかってくれただろうか?
「マイ、ちょっと」
カウンターの奥からこの店のマスターが店員を呼んだ。ひょっとしてマスターに不審がられたかな? 確かに傍から見れば尋常じゃない雰囲気だし。だが店員は何かを手にして戻ってきた。
「よかったらこのクッキー食べませんか? 私の手作りなんです」
そこには白い色のクッキーがあった。それを黙って手に取るアキ。私もそれを食べようと思ったが、その前に店員からこんな一言が。
「このクッキーを口に入れたら、シェリー・ブレンドを口に含んで一緒に食べてみてください。きっとお二人にとっての答えが見つかりますよ」
答えが見つかるとはどういうことだろう。ともかく言われたとおりにやってみた。
白いクッキーを口に入れる。すると、まるで溶けるように口の中で甘さが広がる。そしてコーヒーを口に入れる。その苦味と先程の甘さがうまい具合にブレンドされ、グルグルと渦を巻きながら口の中で広がっていく。すると、先ほどと同じようなワクワクしたものが心の奥から感じられた。と同時に、今度は私の目の前に何かが見えてきた。
そこにいるのはアキ。アキと出会ってから数日間のことがアキの目線で広がる。まるで映画のワンシーンをオムニバスでつないでいるような感覚。
私はそれを、ワクワクしながら観客として見ている感じだ。
このとき、不思議とアキの感じていることが手に取るように、次から次に私に伝わってきた。そこには笑いと感動、いやそれだけではない、葛藤や苦しみ、さまざまなアキの思いがのせられている。それを私が受け取り、そして伝えていく。
これが答えなのか? そう思ったとき、私の目の前はパァッと明るく広がった。
「いかがでしたか?」
その声にハッとさせられた。今のはなんだ、夢でも見ていたのか?
「答え、みつかりましたか?」
そうか、そうだった。さっき店員に言われたとおりにクッキーを食べ、そしてコーヒーを飲んだのだった。その直後、先程の映像が見えてきたのだ。今の映像にはどういう意味があるのだろうか? それよりも心配なのはアキの方だ。さっきはコーヒーを飲んで泣き出した。
「アキ…」
アキの顔を覗き込むと、私が予想しなかったものを目にした。なんと、アキは目をつぶってこれ以上ない幸せそうな顔をしている。今度はアキに何が起きたのだ?
「アキ、大丈夫か?」
私の声にやっと反応を見せたアキ。
「ご主人様、わたし、わかったの」
「わかったって、何が?」
「わたしね、たった十七年だったけど生きていたんだってことがそのことがはっきりわかったの」
急に興奮して話をしだすアキ。アキは一体何を見たのだ?
「アキちゃん、何かとっても素晴らしいものが見えたのかな?」
店員はゆったりとした口調でアキに語りかけた。アキはまだ興奮覚めやらぬ感じで、自分が見たものを話しだした。
「わたしね、赤ちゃんの時はすっごく甘えんぼでおかあさんにしがみついてた。そしてすぐに泣いてたの。でもね、大きくなるにつれていっぱいの人から愛されるようになった。たくさんの人が私と遊んでくれたの。そして小学校に入ってから、大好きな先生ができたわ。女の先生で、私のことをいっぱいほめてくれたし、叱ってもくれた。そこでいろんなことも学んだ。小学校六年の卒業式の時には、児童代表であいさつもしたわ。中学に入って恋もした。多くの人と関わって、そして、そして今ご主人様と出会った。私、生きていたんだね。たくさんの人の心のなかにわたしという存在を残すことができてたんだね」
矢継ぎ早に生まれてから今までのことをしゃべるアキ。アキは何を見たのだ?
「そうなんだ。アキちゃんは今、生まれてから今日までの自分の人生を見たのね。そこでたくさんの人との関わりを感じたんだ」
店員さんはやさしくアキに語りかける。