先日、生活習慣病予防指導士の実技講習を受けました。今回はそこで得た「気づき」を書いてみたいと思います。
実技では、大きく分けて2つのことを行いました。
1つは生活習慣病予防指導士として、健康講座の企画内容を考えるというもの。そして、もう1つは生活習慣病予防指導士として、個人への健康相談をある1つの事例をもとに考えていくというもの。
いずれも4チーム(約5名)になって、メンバー同士の議論で1つの結論を出し、チームごとに発表していくというスタイルでした。
この学習を通して私が強く実感したことは、
チームを構成するひとりひとりの心の姿勢がそのチームの議論のスピードや内容と深く関連している
ということです。
私の所属したチームでは、お互いの強みを相乗させながら、かなり質の高い議論とスピードを展開出来たように思います。講師や他のチームの方々には、果たしてどのように見えていたかは分かりませんが、少なくともチームで導き出した1つの結論に対しては皆、満足感を感じることができたように思います。
私は、例えば会社における会議も含めて、何度かこのような議論を経験したことがありますが、今回はそれらの議論とは全く違った感覚を持ちました。
一体、なぜでしょうか。
もちろん、これは現実の仕事における会議のように本当の真剣勝負の場ではないので、性質が少し違うのかもしれません。しかしもし、このような議論が現実の真剣勝負の場で行うことができれば、どうなるでしょうか。
きっと、チーム・組織の生産性、または意思決定後のプランの実行力の質は格段に向上することになると思います。
さて、それではその時の私たちのチームには一体何があったのでしょうか。
思い返してみると、
・相互理解の姿勢(質の高い人間関係)
・制限時間や議論の論点を明確にする論理的思考
・企画者の企画に対する想いとメンバーの共感
・問題解決に対するひとりひとりの責任感と創造力
のバランス感覚があったのではないかと、私は思います。
複雑で難しい、答えのない問題を解決するチームに求められる、なんらかの要素が私たちのチームにはあったのではないかと思います。
それでは、その要素とは何だったのでしょうか。
それは、
・言葉に出来ない、また言葉にならないような感覚や知恵を互いに共有すること
*時に厳密過ぎる客観性や論理的思考がそのような感覚や知恵を潰してしまうこともあるかと思います。
・問題の本質や論点、仕事の期日を明確に捉える論理的思考
*相手に対する傾聴や共感だけでは、問題解決に至ることができないこともあるかと思います。
・企画やアイディアに対するこだわりや熱い想い
*自分の、自分たちの心の内から湧き出るような企画やアイディアでなければ、実行力が伴わないこともあるか と思います。
・「たとえ1人でも問題を解決するぞ!」という責任感
*1人で石を持ち上げる気がなければ、2人でもむずかしいでしょう。
そして、それらを適切にバランスさせる力 だったのではないかと思います。
そのように考えると、ふと気づきます。
チームは個人が集まったもの。
そうであるならば、
最終的に質の高いチームに問われるのは個人の姿勢。
生まれ持った気質でもなく、能力でもない個人の姿勢。
それに気づきさえすれば、最高のチームは自ずとできて
くるように思うのです。
実技では、大きく分けて2つのことを行いました。
1つは生活習慣病予防指導士として、健康講座の企画内容を考えるというもの。そして、もう1つは生活習慣病予防指導士として、個人への健康相談をある1つの事例をもとに考えていくというもの。
いずれも4チーム(約5名)になって、メンバー同士の議論で1つの結論を出し、チームごとに発表していくというスタイルでした。
この学習を通して私が強く実感したことは、
チームを構成するひとりひとりの心の姿勢がそのチームの議論のスピードや内容と深く関連している
ということです。
私の所属したチームでは、お互いの強みを相乗させながら、かなり質の高い議論とスピードを展開出来たように思います。講師や他のチームの方々には、果たしてどのように見えていたかは分かりませんが、少なくともチームで導き出した1つの結論に対しては皆、満足感を感じることができたように思います。
私は、例えば会社における会議も含めて、何度かこのような議論を経験したことがありますが、今回はそれらの議論とは全く違った感覚を持ちました。
一体、なぜでしょうか。
もちろん、これは現実の仕事における会議のように本当の真剣勝負の場ではないので、性質が少し違うのかもしれません。しかしもし、このような議論が現実の真剣勝負の場で行うことができれば、どうなるでしょうか。
きっと、チーム・組織の生産性、または意思決定後のプランの実行力の質は格段に向上することになると思います。
さて、それではその時の私たちのチームには一体何があったのでしょうか。
思い返してみると、
・相互理解の姿勢(質の高い人間関係)
・制限時間や議論の論点を明確にする論理的思考
・企画者の企画に対する想いとメンバーの共感
・問題解決に対するひとりひとりの責任感と創造力
のバランス感覚があったのではないかと、私は思います。
複雑で難しい、答えのない問題を解決するチームに求められる、なんらかの要素が私たちのチームにはあったのではないかと思います。
それでは、その要素とは何だったのでしょうか。
それは、
・言葉に出来ない、また言葉にならないような感覚や知恵を互いに共有すること
*時に厳密過ぎる客観性や論理的思考がそのような感覚や知恵を潰してしまうこともあるかと思います。
・問題の本質や論点、仕事の期日を明確に捉える論理的思考
*相手に対する傾聴や共感だけでは、問題解決に至ることができないこともあるかと思います。
・企画やアイディアに対するこだわりや熱い想い
*自分の、自分たちの心の内から湧き出るような企画やアイディアでなければ、実行力が伴わないこともあるか と思います。
・「たとえ1人でも問題を解決するぞ!」という責任感
*1人で石を持ち上げる気がなければ、2人でもむずかしいでしょう。
そして、それらを適切にバランスさせる力 だったのではないかと思います。
そのように考えると、ふと気づきます。
チームは個人が集まったもの。
そうであるならば、
最終的に質の高いチームに問われるのは個人の姿勢。
生まれ持った気質でもなく、能力でもない個人の姿勢。
それに気づきさえすれば、最高のチームは自ずとできて
くるように思うのです。