今朝のニュース番組で見た名古屋国際マラソンで惜敗した「Qちゃん」こと高橋尚子選手の完走後の言葉が心に残りました。

「引退という声も上がると思うけど、まだまだやりたいことがある。『走らせてください』とファイテンの社長にもお願いした」

この言葉を聞いた瞬間に、ふと思いました。

高橋選手はもちろん、オリンピック出場という成功を手にしたいと願い、壮絶な努力をしてきた。しかし、それ以上に彼女を突き動かしているのは、もしかしたらマラソンという競技が夢中になるほど大好きなこと。そして自分自身の走る姿を通して周囲の人々に何か大切なメッセージを伝えようとしていることなのではないか。

そのことを思った瞬間に今、自分の足元にある仕事のことを考えました。

自分はこの仕事を夢中で行っているのだろうか?
自分自身、この仕事の先に何を見つめているのだろうか?

忙しい毎日の中で、ふと初心に返ったような心境になりました。
今回は、以前に生活習慣病予防士の仲間から誘われた飲み会の席で、私が深く感じたことについて書いてみたいと思います。


その時の飲み会は、特に計画されていた訳でもなく偶然に、

「ちょっと軽く飲みましょうか。」

というカタチで始まったのですが、この何気ない飲み会の席での出来事が、私に非常に大切なことを気づかせてくれたような気がします。

それは何か。

それは「共感」という言葉の本当の意味は、

「自分にとっての真実」が「相手にとっての真実」と共鳴する瞬間のことである

ということに気づかせてくれたこと。そして、それは

「お互いの心の姿勢」が、言葉よりも遙かに雄弁に相手に語りかけ、それが互いに交流することによってしか実現しない

ということに気づかせてくれたこと。

自分を含めて6名ほどの席でしたが、お互いの仕事や生活における失敗や困難、また喜びや達成感などを
自然に話し合い、深く理解し合うことができたような気がしました。

でも一体、この何気ない飲み会の場で、どうしてそんなことが出来たのでしょうか。

考えてみると不思議です。お互いが出会ってからまだそれ程の時間も会話の回数もない状態なのですから。


しかし、深く振り返ってみると、その場には2つの真実があったような気がします。


それは何か。


1つは、その場のひとりひとり全員が必死で自分自身の生き方を考え、真剣に自分を見つめる「心の姿勢」があったという真実。

もう1つは、そんなひとりひとり全員が相手をまるごと理解し、相手から真剣に学ぼうという「心の姿勢」があったという真実。


どちらが欠けても成立し得ない、この2つの真実があったからこそ、このような深い共感の場が出来たのだと感じます。

さて、そんなことを考えているとふと、1つの想いが生まれます。それは

このような共感の場が、私たちの日常の仕事や生活の中で、もっとたくさん生まれても良いのではないか

という想い。

私が言うまでもなく、

私たちは生まれた場所、育った環境、そして親を含めた人間関係、そして生き方の価値観など、似てはいるかもしれないが、誰として同じ人間はいないという存在。

私が言うまでもなく、

私たちはやがて来る「死」に向かって毎日を、文字通り「必死」で生きている存在。

日々の忙しさで、忘れてしまいがちなその真実に気がついた時、私たちは自分を、そして自分と同じ様に「必死」に生きている相手の存在を大切にすることができ、そしてそこに自然と共感が生まれるのではないのでしょうか。

「共感」という言葉を語ることは簡単です。しかし、その意味を深く考えるのならば、自分の「心の姿勢」が厳しく問われる言葉でもあるということに気がつきます。


「共感」という真実の瞬間は、自分を本当に大切にする「心の姿勢」と相手を自分と同じように大切にする「心の姿勢」、そしてその交流によって生まれるのではないでしょうか。


そしてそれはきっとどこまでも難しく、それ故に素晴らしいことなのでしょう。


























今日は自分自身のことについて書いてみたいと思います。
少し長文になってしまいましたが、ご容赦下さい・・・。


私は現在、家族で経営している機械安全のコンサルティング会社
の運営(販促・総務・経理などなんでも・・・・)を行いながら、
会社の新たな事業として、

「働く人の心身や、そのような人々が集まった場の健康支援」

を実現しようと決意し、働き・学び・生活する毎日を送っています。


なぜ、このようなことを本気でやろうかと決意したかというと・・・。


それは今までに、私自身が現実の仕事・生活の中で、実際に体験
したことで、いまだに残っている疑問や問題を解決したいという気持ち
が、自分の心の深いところにあることに気づいたからです。


それはなんでしょうか。


言葉で表現するのはなかなかに難しいのですが、
敢えて表現するならば、

なぜ、科学技術や社会生活が進歩・発展しているのに、私たちの
心身や人間関係は進歩するどころか、置き去りにされるように
様々な問題を抱え続けて
いるのだろうか。

という疑問。

職場や家庭、地域・社会において極端に追求され続ける効率性・
合理性・
客観性が人間不在や人間疎外を促進させ、コミュニティ
や様々な人間関係の場の質を低下させて
いるのではないか。

という危機感。

になります。


私の最初の職場は、企業や自治体などの組織に教育研修などを提案
する、あるコンサルティング会社の営業職でした。

そこで私が体験し心深くに学んだことは、

・様々な経営者とお会いさせて頂く中で、企業は生きていると
 実感したこと。

 そこには経営学という学問上では決して見ることのできない、
 人間同士の
格闘や、清濁を合わせ持つ生々しい人間の姿が
 ありました。

・残業の概念のない裁量労働の中で、成果を上げるために
 休み無く働いたため、心身のバランスを崩してしまいました。
 その体験から、まずは自分の責任で仕事と生活をバランスさせて
 健康を保つこと、そしてその次に組織がソフト面・ハード面において
 それをサポートすることは、個人・組織の存続にとって最も大切で
 あると深く実感しました。


次に、ある企業が運営する専門学校の営業、授業企画・運営の仕事
を経験させて頂きました。

そこで私が得たことは、

・人間関係(担任と生徒、上司と部下、同僚同士、先輩と後輩、
 自社と他社など)の質
が、仕事の質を決めるということ。
 良い人間関係を築けなかったために大きな失敗をしました。
 逆にとても良い人間関係
を築けたことで大きな成果を上げる
 こともできました。


・食生活が健康に与える影響を実感しました。
 コンビニ食に代表される生徒の食生活、そして自分自身の
 食生活の乱れがストレスや
身体の不調に大きくつながること
 を体験しました。

・答えのない問題を解決するときに、自分のアイディアやビジョン
 に信念を持ち続けることの大切さ、そしてそれが周囲の仲間に
 与える影響の大きさを実感しました。
 たとえ、仕事の能力は未熟でも、信念やビジョンの力で信じられ
 ないような問題解決ができることに大きな驚きを覚えました。
 

そして今、機械安全のコンサルティングの現場に接して、

・操作主義的な気持ちは相手に伝わる。日頃、自分が考えて
 いること、感じていることが顧客に
ダイレクトに伝わる。
 だからこそ、常に顧客の状況を第一に考え、自分に何が
 できる
かを問い続けることが大切だ。

ということを感じながら、日々を過ごしています。


現在の私、そして私たちの活動がどのようなカタチで現実となるのか。


日々、自分や自分たちの心の深いところから出る素直な「志」に

従い、それを現実にカタチ創っていきたいと思います。