消え去るもの | 潤 文章です、ハイ。

潤 文章です、ハイ。

俺のペンネーム。ジュン・フミアキである。

 

団塊の世代と言われる人たちがいなくなり、消えてゆく

ものが多くあると言われている。

個人レベルの企業だったり、工芸、演芸、そのほか調理

の世界もそのうちだろう。

わかりやすくたとえるなら寿司屋の板さんと回転寿司の

キッチンスタッフの違い。工業畑なら、いわゆる一点モ

ノに秀でたプロフェッショナルの存在ですかね。

 

経済損失ははかりしれず、それよりもっと技能低下が決

定的なダメージとなる。文化的なところでは落語家さん

などもそのうちで、長く続く前座時代、寄席で一日コキ

使われて日当1000円ぽっちの暮らしに、いまどきの若い

奴らが耐えられるはずがないんです。

 

技能・技術、あるいはアイデアもそのうちで、それらは

すべてアナログの世界であり、人間たる証とも言える創

造性そのものなんですね。

 

で俺は、そこにこそ地方の生きる道があると思っている。

高齢化=つまり団塊の世代が多く残る土地柄であり、そ

こが主導権を握っているからです。

チャラい最先端は都会にまかせておいて、質実を追いか

けるプロを育てていく。

 

ビジュアル系パフェなんてもんは東京では廃れだし、本

来の姿に戻りつつあるという。うん、それでいいと思い

ますが。俺は、幼稚なミーハー相手にパフェのオモチャ

をつくってるわけじゃないんだよ。

 

あってもなくてもいいものは不要。飾り立てる薄っぺら

さはみっともないと考える。

であるからして俺自身、40年以上のブランクを経てこの

仕事に復帰。ゆえに包丁の技術なんぞ忘却のかなたにあ

り、近頃、本腰入れすぎて腰痛がひどいんですワ。(笑)