悪霊になりそこね。 | 潤 文章です、ハイ。

潤 文章です、ハイ。

俺のペンネーム。ジュン・フミアキである。

悪霊になりそこね。

 

終話

 

そこはアメリカ空軍が管理するレーダー基地だった
んです。
ロッキー山脈の中腹に位置し、そこへと至る岩また
岩の続く道筋。軍専用道路だからかガードレールさ
えなく、深いところで100ヤード以上はあるかと
思える切り立った崖伝い。
基地のゲートの少し手前にマイカー専用のパーキン
グエリアがあって、軍用車両以外は基地の中へは入
れません、爆弾を積んだ民間車両を締め出すためで
す。

指示された手順はこうです。
私たちはまず、基地のあるロッキー山脈の麓のモー
ターホテルに泊まり、そこで当局の人間からライフ
ル銃を受け取る。レミントンという古い軍用ライフ
ルで、いまでは使われていないもの。銃器からアシ
がつかないということでしょうか。
そして待機。吉住専務と秘書の涼子はクルマで基地
へと向かい、ゲート手前のパーキングエリアにクル
マを停めて、そこから徒歩で基地へと入る。
その間に私たちが彼らのクルマのブレーキに細工す
る。それでもダメなら帰りの道筋でクルマのタイヤ
を狙撃する。そして元いたモーターホテルに戻って
銃を返し、すみやかに帰国する。

私と鈴原さんは、さながら映画の中にいたようです。
青年海外協力隊で現地の古いクルマを散々直した彼
ですから、ブレーキをいじるなんてたやすいはず。
ブレーキホースの締め付けを緩めておくだけのこと
ですからね。静かに踏むならよくても急ブレーキで
油圧が上がると外れる仕掛け。
それはともかく、私も彼も迷彩柄の服を着込み、彼
の手にはライフル銃。日常からかけ離れた彼の姿が

とても凜々しく、イザとなった男の凄みを感じた私。

吉住専務と涼子が基地へと入り、出てくるまで二時
間ほどだったかしら。
そのとき私たちは崖伝いにのびる道筋の山側のブッ
シュの中に潜んでいました。道筋を見下ろせて、そ
の距離ほんの50メートル。この距離ならまず外さ
ないと彼は言います。
彼はもともとスポーツマンで、勘がいいというのか、
射撃訓練でも優秀な成績だったそうなのね。

どきどきします。あたりまえのOLだった私がまさ
かスパイ映画の中にいようとは・・刺激的過ぎる非
日常・・息が苦しくなるほどの緊張でした。



そして車中。

「まあ、たいした技術じゃないね。わざわざ呼びつ
けてまで話すことでもないと思うが」
「いいじゃない、それならそれで。降って湧いたバ
カンスだと思えばいいのよ。今夜はたっぷり愉しみ
ましょう、うふふ」

このとき道筋の左側が崖。かなりなヘアピンカーブ
を過ぎるとやがて右側が崖となり、その対向のブッ
シュの中に鈴原と北川の二人が迷彩服に身をつつみ、
腹ばいとなって潜んでいた。
次のカーブがもっとも難所。下り傾斜がキツく、そ
の後、左へのヘアピンカーブなのだが、切り立った
崖下までは、およそ100ヤード。まさに奈落の底
である。

このとき運転は秘書の涼子であった。これが吉住に
は幸いする。涼子は派手な女だったが運転は慎重で、
ブレーキを強く踏まずにカーブをクリヤ。ここまで
無事にやって来られた。

このままではまずい、最後の手段。ブッシュに潜む
鈴原がライフルを構え、スコープの十字線の中央に
左前のタイヤを捉えた。距離50メートルでは、ほ
ぼ瞬時に弾は届く。
「いくぞ」
と小声で鈴原は言い、ライフルのトリガーに指をか
けた。
北川が小声で言った。
「私は悪霊、ふふふ、さようなら専務さん、涼子も
ね」

ズゥキュゥーン!

銃口から放たれた悪霊は前輪を見事に撃ち抜き、タ
イヤはバースト。急な下り坂でかなりなスピード。
アメ車は大きく重く、一旦スピードがのってしまう
と停めきれない。
涼子はとっさに急ブレーキ。これがブレーキホース
の接続部を壊し、クルマは制御不能に陥った。
涼子は山側の岩肌にボディを擦りつけて停めようと
試みるが、岩が波打っていてクルマが弾かれ、左右
に大きく振られた直後にクルマはスピン。

そしてそのままガードレールのない崖から飛んで、
二人の死は事故として決着した。



五年ほどが過ぎていました。

物心ついた幼い娘が、小さな右手を拳銃のカタチに
し、『ぱーん』と言います。 
それで夫が大袈裟なジェスチャーで『やられたぁ』
と叫んで倒れて笑う。

そのとき私は、孝明と涼子の恐怖を思い、横を向い
てクスっと笑えてしまうのでした。