悪霊になりそこね。 | 潤 文章です、ハイ。

潤 文章です、ハイ。

俺のペンネーム。ジュン・フミアキである。

悪霊になりそこね。

 

三話

そして翌日のお昼過ぎに私は退院。迎えに来てくれ
た鈴原さんのクルマで一度は自分のお部屋に戻り、

身の周りのものだけをスポーツバッグに詰め込んで

部屋を出たの。
ああ、この部屋ともお別れなんだわと、ちょっと考
え、ですけどそのとき孝明の面影は私の中から消え
ていた。それどころかお部屋に漂う彼の匂いさえ嫌

になる。私の中の愛の振り子は鈴原さんに向けて傾

いていたようです。
今日は金曜。ですけど彼は休日としてくれて、私た
ちはそのまま横浜ランドマークタワーのホテルへ向
かう。ベイブリッジが一望できる港のホテル。でも、
お部屋に入ってすぐ彼がスマホ。相手を呼び出し、
私へスマホを手渡した。

「お電話代わりました、北川です」
『うむ、私だ』
社長の声です。それで私は、これは夢ではないと実
感できたの。
『ともあれ、おかしなことにならなくてよかったよ』
「はい、ご心配をおかけいたしました」
『まったくだ、この馬鹿者が。私は君だって疑わし
いと言ったのだが、鈴原君が彼女はそんな女じゃな
いと言い張って譲らない。妻に迎えると言うから勝
手にしろと笑ってやったさ。まあ話は聞いたと思う
からここでは省くが、いま我が社は瀬戸際に立って
おる。指示は彼にしてあるから黙って従うように。
でないと君まで危ない』
「あ、はい、それはもう。なんだか夢のようですが、
そういうことなら私だって社員ですので、スパイな
んて許せませんし」
『うむ、ならいい。代わってくれないか』

そしてスマホが彼の手に。
「えっ、政府筋から報告が・・はい・・なるほど、
やはりそういうことでしたか」
『この種の調査は民間レベルではいかんともしがた
いものさ。おかげでおおよそつかめたが、そうなる
とますますどうにかせねばならんのだよ。近々ヤツ
をアメリカに送る。ロッキーの山岳地帯に米軍の基
地があり、そのガードシステムの構築のため・・と
いう名目でね。当然ながら吉川君も同行させる』
「では、そこで?」
『そっちで無理ならこっちでやるぞと言われておっ
てな。事は我が国の信頼の問題だ。カタをつけるん
なら向こうが手を出す前にやれとキツく言われる始
末だよ』

漏れ出す声に私は膝が震えています。そういうこと
が現実にあるものかと、考えただけで怖くなる。
『だだし事故だぞ、あくまで事故だ。基地までガー
ドレールさえない岩場が続く。断崖絶壁であるらし
い。そんなところでブレーキでも壊れれば・・まあ

いい、これ以上は任せる』
電話を切って鈴原さんは肩で深い息をする。

NATOと一口に言っても、その力関係は複雑で、
加盟各国の国益が絡み合い、味方であって味方とは
言い切れないものがある。相手はユーロ圏の多国籍
企業としか明かされなかったようでしたが、やはり
軍需が主体の企業のよう。仲立ちしたのは吉川涼子。
色仕掛けで落としたに決まっています。吉住専務は
その企業に買収されていたようですね。

私はシティホテルならではの大きなベッドに座り込
み、彼は窓際のチェアに座り込んで、揃って無言。
どれほどかの時間が過ぎて、窓の外が斜陽に染まっ
ていったんです。
立ち上がった彼のシルエットが陽を遮り、なぜだか

ものすごく逞しく、それでいてひどく悲しく思えて

しまう。そっと歩み寄って横に立つと、ごく自然に

彼の手が腰にまわった。
そしてその瞬間、いましがたの社長の言葉が脳裏を
よぎった私です。
『彼女はそんな女じゃない』
『妻に迎える』
そうまでして私を守ると言ってくれてる。私の中の
女のすべてが熱を持ちます。

くるりと振り向かされた私です。そのまま彼の胸に
しなだれ崩れた。気づいたときにはランジェリーな
ヌード。いいえ勝負下着なんて身につけてなかった
わ。退院し、時間に追われて支度した。
しまった、こうなることはわかっていたのに、とは
思いましたが、男の力強さを感じ、その中で有無を

も言わせずブラが外され、くらくらとした目眩の中

へと溶けてゆく・・。

ピロートーク。
「悪霊になりたくて」
「うむ」
「祟ってやるって思ってしまい」
「そうなるさ、悪霊に」
「え?」
「奴らにとっては悪霊そのもの。山岳路でブレーキ
故障、あるいはタイヤを狙撃する」
「狙撃する?」
「アフリカで教わった、ライフルを。年代物の壊れ
たクルマも散々いじった俺だからね」
そうだわ、彼は青年海外協力隊でアフリカ各国を回
った人。と思ったら、それも少し違うよう。
「向こうは危うい。軍で射撃を学び、常に銃器を携
帯しての任務だった。軍に守られていたから実際撃
ったことはないんだが、危うい場面は何度かあった
よ」

マジなの? あなたが狙撃を?

「一緒に行くぞ悪霊君」
と、そう言われ、私はしがみついているしかなかっ
たわ。それでなくても熱の冷めない私の体は、ふた
たび燃えて天空へと駆け昇る。