くノ一 早月(三話) | 潤 文章です、ハイ。

潤 文章です、ハイ。

俺のペンネーム。ジュン・フミアキである。

くノ一 早月(三話)  怪しき月夜

女たちの中でもっとも若く、つまり下っ端のお里に

手玉に取られ、薪を割る香月。厨に立って、お里の

手元を真似しながら魚をさばく香月。
そんな武士の姿を女たちは好ましいものとして受け

とめていた。大小どちらも刀を預け、正体のしれな

いくノ一集団にまぎれていながら警戒するそぶりも

みせない。
「お頭もお目が高い」
歳嵩の女の一人が早月に寄り添い、小声で言った。
「バカ言っちゃいけないよ、そんなんじゃないんだか

ら。お侍様だよ、あたしなんか・・」
とかとかとか言いながら、早月は夢の中にいた。
色恋なんて諦めていた。いつ死ぬともしれない身。

役目を捨てたおまえを俺が拾うと言ってくれた、それ

だけで生きていけると感じていた。

風呂をすませ、夕餉をすませ、ふと気づくと早月が

いない。さっきの岩だと、お里は言った。
風のない夜だった。いびつ月が蒼く輝き、その光芒

が輪を描いて海原に降り注ぐ。
歩み寄る香月。早月はちょっと顔を振って気配をう

かがい、それからまた黒くなった海を見渡した。

隣りに座る香月に早月は言った。
「すまなかったね旦那、お里のヤツめ、顎で使いや

がって」
「なあに、かまわんさ。好き勝手でやったこと。それ

より早月」
「なにさ?」
「ここにいて無防備じゃねえのか。一方は開け放た

れた海。背後は森と言ってもハゲほど薄いぜ」
「ここらは天領だよ、うかつに手は出せないさ。それ

にもう、とっくに見張られてる。見張る奴らを見張る

連中がいるってことさ」
「忍びか?」
「甲賀だよ。江戸の指図で動く影」
「なるほど、そういうことならいいが」

並んで座り、同じ月を見上げる香月。
「捨てる気はないのか?」
「どうだかね。女だけでは生きていけない。といって

男にもたれると相手に申し訳が立たなくて」
「一族の男どもでも?」
「そっちは二度と御免だね。それこそ元の木阿弥に

なっちまう」
「そうか」
「ねえ旦那」
「うむ?」
「しばらくはいてくれるのかい?」
「ここにか?」
「そ」
「いいところじゃねえか。海を見てると気が休まる。

それは森の奥を見ていても」
「森の奥って?」
「ひらひら赤い吹き流し」
「や、やだ・・エッチ」
女たちの赤い腰巻き。洗って干してあったもの。

「なんてね、冗談冗談、ははは」

どうしよう・・こうしていると、どんどん女の気分に

なってゆく。早月は戸惑う。諦めていた女の暮らし

ができそうで、だけど怖くてたまらない。あたしと

いると、いつまた刀を・・そう思うと心が軋む。
しかし香月はきっぱり言った。
「わかった、暮らすか」
怪訝な面色、無言で横顔をうかがう早月。
「どうせ行くあてなんぞありゃしねえ。お里を見てて

も思うのよ、おまえは大きい。すごいヤツだと思っ

てな」
「あ」
肩を抱き、ガツンと引き寄せる男の腕。早月は目眩

がしそうだった。
「拾うと決めた」
「マジかい旦那? あたしなんか・・」
とかとかとか言いながら、力が抜けて寄り崩れる早

月。『遊び女でいいんだよ』と心で叫び、言えずに

いまにも泣きそうだった。

「ときに早月よ、江戸には行かなくていいのか?」
「鳩を放った。よほどのことがない限り、そうしてる

んだ」
「あの連中は何者?」
「ちょっとね、詳しくは言えないけれど、役目で近づ

いた男の子息に惚れられちまって、あたしを逃がし

たくなくて手下に命じた。そいつ、さる藩の家老の

息子でね。あたしは親父のほうを探ってたんだがバレ

ちまった。元の仲間が相手方にいたってこと。そうな

りゃ探りになりゃしない」
「なるほどな。まあ当然のなりゆきだろうぜ。おまえは

白き百合の一輪のごとし」
「何言ってんだい、それを言うなら薄汚れた毒花一輪

さ」
「洗ってやるさ俺が」

ゴロにゃん。たまんなーい。

早月は、これは夢だと、香月の横顔を見つめていた。

小屋に戻って寝る支度。狭いといっても横長造りで

八畳ほどはあるのだったが、そこに九人。しかも夜具

が一組足りない。しかたなく布団をくっつけて敷き込む

と板床に余りができる。季節は夏。掛け布団でも敷い

てしまえばどうにかなった。
小屋の中は板戸を閉めてしまえば闇。かろうじて軒下

に明かり採りがあるぐらい。
そんな中、男の香月は板壁に張り付くように端っこに

横になる。
「お頭」
「なにさ」
「あたしらにお気づかいなく・・うひひひ」
ひそひそとお里の声。
「ひっぱたくよ、ませガキめ」
香月は可笑しい。
「聞こえてんだよバカタレ。いずれしっぽり。どうぞお気

づかいなきよう。ちぇっ」
声を殺して皆が笑い、眠気も吹っ飛んでしまう。

ざわつきがふたたび静まって女たちの寝息が立った。
草木も眠る丑三つ時。

薄い板壁の際に寝る香月が気配に気づき、それはも

ちろん、くノ一たちも気づいていた。
「あたしクリームソーダ・・むふふ」
お里の寝言。起きろバカタレ!

闇の中で、それぞれ仕込みを手にする女たち。
「三人ほどか」
と早月が言い、香月がうなずいた。
女たちは寝間着姿。香月はといえば、女たちの中で

は大柄の、楓という女の寝間着を借りていた。しかも

なぜかそれだけピンク。つまりは桜花透かしの長襦

袢なのである。
「できるね」
早月の声に女たちはうなずき合った。気配で技量は

知れるもの。相手はもちろん忍びであろう。

音も立てずに起き抜けて一斉に身構える女たちに手

をかざして制止しておき、預けた剣を受け取って香月

は板戸を開け放った。
「何者か!」
気配の凄みのわりに男たち三人は目の前に突っ立っ

ている。それぞれが柿茶色の忍び装束だが、頭巾は

しない。すでに若くはない男ども。
「待て、我ら襲いにきたわけじゃねえ」
その声に聞き覚えがあったのだろう、早月が横から

顔を出す。
雲のない月夜は明るい。
「周太じゃないか」
早月は香月に言った。
「さっき言った元の仲間だよ、風魔の周太と、ほか二

人は知らないけどね」

「いいかげんに諦めなよ。お頭はもう旦那の女なんだ

からね」
と、横からちゃちゃを入れる、お里。
どうやらモト彼ということらしい。
早月に肘鉄をくらってもがく、お里。
(おまえは寝てろ、バカタレが!)

早月が問うた。
「ほか二人は何者か?」
「まあ仲間ってことだが、俺たちも抜けてきた」
「抜けてきた?」
「抜けた野郎についてられねえ。たかが女一人に惚れ

たハレたと騒ぎくさって。おかげで若侍が二人も死ん

だ。御家老は激怒してバカ息子を牢に入れたさ。あほ

らしくてやってらんねえ。こいつら二人も、元は甲賀の

はぐれ忍び。鞍替えしようってことになり」
もっともらしい話だが、しかし早月は、考えるまでもなく

鼻で笑った。

「ウソこけ。抜けると言うならあんただよ、相変わらず

間抜けだね。おまえさんは剣はたつが思慮が浅い。

これが七日も後なら信じもするけど一昨日の今日なん

だ。あの若侍が逃げ帰り、すったもんだあった末の今

宵なんだぜ」
香月が早月に問うた。
「おまえが探った先というのは?」
「尾張だよ。それにその忍び装束。抜け出すんなら目

立ってどうする。油断させておいて斬るって魂胆かい」

まさに。尾張とは名古屋。忍びの脚はともかくも、あの

若侍二人が箱根から逃げ帰るにしろ時が足りない。

熱海まで新幹線で往復したか?

周太は仲間二人と顔を見合わせ、ちっと舌打ち、顔色

を変えて三人同時に抜刀した。
「殺さず連れて帰りたいところだが、やむをえぬ」
三人こぞって中腰で三方を囲み香月を狙う、三角陣。

「おまえたちは下がってろ」

しかしである。薄いとはいえ長襦袢。踏み出す脚に布

がまつわりついて動きが鈍る。香月は抜いた刃で裾を

切り裂き、一気にビリリ。裂け目が一周まわって、つま

りは和風のミニスカワンピ。草履も履かずに素足で歩

み出る。
そして早月も。ほかの者を留めておいて、仕込み杖か

ら白刃を抜き去った。

「いいからすっこんでろ!」

香月の気迫に圧倒される女たち。なのにピンクのミニ

スカ襦袢。もさもさ毛脛。何かがヘンだ。

小屋を背負って立つ香月。多勢を相手にするとき敵に

背後を許さない受けの形なのだが、背後には女たちの

剣がある。
三角陣の常套手段は、真ん中が斬り込むと見せかけて

こちらを動かし、その動きの隙をついて左右が斬り込み、

さらにその乱れをついて真ん中が斬り込んで勝負をつ

けるというものだ。
三人それぞれ使い手なのだが、香月は周太という男が

もっとも強いと見切っていた。

にらみ合う。香月は切っ先を右斜めに天にかざし動か

なかった。
「こっちから行くぜ!」
真ん中に陣取った周太が動き、浅く一歩踏み込んで袈

裟斬りを浴びせるが、それはフェイント。即座に退いて、

左右からの斬り込み。
キィィーン!
右の敵と白刃が衝突し、闇夜に火花をデコレーション。

右からの浅い斬り込みを受けさせておいて、じつは左。

それも見切った香月は、右をあしらい、そして柳生新陰

流の秘術、ムーンウオーク横滑り!
左にグイとスライドし左手一本で突き一閃。左の敵の喉

元を貫いて、まずは一人をぶっ倒し、その刃を抜きざま、

体を回して真ん中の周太を攻めると見せかけてバック

ステップ・ムーンウオーク。右の敵に抜き胴一閃。ものの

一瞬で二人を葬る。

残るは周太。しかし周太は少しも臆せず、切っ先で喉を

めがける中段の構え。流派のない忍びの剣だが、こやつ

はできると香月は感じていた。
対して香月は、切っ先を後ろに向けて中段に構える柳生

新陰流の奥義の剣。
互いに動かず、にらみ合い。痺れを切らし草鞋で土を掻

くようにすり寄る周太。微動だにしない香月。
女たちは固唾をのんで見守った。周太は風魔の残党きっ

ての使い手。そこらの武士では歯が立たない。

「せいやぁ!」
周太の浴びせる突き、突き、突き!
「なんの!」
キンキン、キィィーン!

上段、下段、また上段と交錯する刃がキラ星のごとく火

花を散らし、突けば退き、斬れば受け、互いに譲らぬ剣

さばき。

「死ねぃ! とぅりゃぁぁ!」
周太が踏み込み、香月が踏み込んで、剣を合わせて押

し合って、しかし離れ際に勝負は決した。
退きながら胴を狙った剣を受けざま、刀身を翻して首を

狙う斬り上げ剣が周太の喉を浅くかすめ、ひるんだ一瞬、

刃が反転して上から斬り返す袈裟斬り剣が周太の肩口

を一気に切り裂く。

噴き上がる血飛沫。断末魔の悲鳴。周太の黒い影がゆ

らりと崩れた。片膝をつき、香月をにらむも、『おまえはも

う死んでいる』 顔から突っ伏すように倒れゆく周太。凄ま

じいがまばたきする間の勝負であった。

香月の桜色のミニスカ襦袢が返り血で、赤いバラが群れ

るように赤く染まる。
剣を振って血を飛ばすも、しまうべき鞘がない。切っ先を

下げて振り向く香月。

これで二度救われた。早月の女心は震度5強! 震えて

いた。
そのほか女たちは茫然自失。強い。これほどの剛剣を

見たことがなかったからだ。
歩み寄る香月の刀の刃こぼれがすさまじい。ノコギリの

ようになっている。それだけ周太が強かったということ。
早月のそばまで歩み寄り、香月は言った。
「すさまじい剣だった。流派もなく、しかし見事よ周太とや

ら」
早月はちょっと笑ったが、ハッとして目をそむけた。

香月のミニスカ襦袢は乱れに乱れ、腹に帯だけ、薄汚れ

たふんどし姿。もさもさ毛脛、顔は髭面、ほとんど猿。

 

早い話が変質者! (笑)