短篇小説 くノ一 早月(一話) | 潤 文章です、ハイ。

潤 文章です、ハイ。

俺のペンネーム。ジュン・フミアキである。

<あくまで草稿、たまに書いてく。(笑)>

 

 

くノ一 早月 一話 峠の出会い


箱根。関所に顔向けできない者どもが通る道筋。
膝ほどまでの下草が踏まれてそれで道とわかる。

急な坂を先に行く浪人姿の若者。背は高く、髭が濃す

ぎて猿と見まがう。しかし男の顔は整って凜々しかった。

香月宗吾(こうづき・しょうご)、齢三十ほどの若武者だ。

その香月を、追いすがるように抜き去った女が一人。

こちらも関所に背を向ける事情あり。
目立たない茶色の着物。厚底の旅草履に脚絆を巻い

て、深編み笠。その手には白木の八角杖を持つのだ

が、それは明らかに仕込み杖。
歳の頃なら三十路前かと思われた。美女である。

抜き去られた香月は、よく動く女の尻に、口角をわず

かに歪めて微笑んだ。
「ふふふ・・脚のいい女だ、さては・・」
と、つぶやいたそのとき、背後から駆け寄るただなら

ぬ気配。男四人。それぞれ粗末ないでたちで偽って

はいるものの、どこぞの藩の武士と見抜けてしまう。

先をゆく女は気配を察して駆け出すが、なにせ急坂

の獣道。着物がまつわりつく女の脚では逃げ切れな

い。
「待たぬか早月(さつき)! 止まらぬと斬り捨てる!」
女に追いつき四方を囲む男ども。男どもは、いずれ

もがまだ若く、しかしそれぞれ、かなり使うと香月は

見切っていた。

「なるほど、女はくノ一・・その追っ手というわけだ」
香月は歩みを速めるわけでもなく、見物を決め込む

様子でゆったり歩く。

早月を囲む男四人が抜刀した。よく手入れされた白

刃が木漏れ日を弾いてキラキラ輝く。
対して、女の早月はひるまなかった。白木の仕込み

杖の鞘を払うと、こちらもまたギラリ輝く忍び刀。男ど

もの剣よりやや短く、反りのない直刀だ。
やはりそうだ、忍びの用いる剣である。

早月は中腰。着物の裾が割れて白い脚が見え隠れ。

対して四人剣が輪を縮め、男が言った。
「江戸に入られては困るのだ、我らと引き返そう。

さすれば命までは取らぬということだ」
早月はちょっと鼻で笑った。
「うるさいね小僧。このあたしを斬れるとでも思って

るのかい」
男どもは眉をひそめて首をすくめ、目を合わせて

ちょっと笑い、笑いが消えて殺気に満ちる。

「やむなし! 覚悟せい!」
突き抜く右前。斬りかかる左後ろ。残る二人は上段

に剣を構えて女の動きの乱れを狙う。
キン、キーン!
突き抜く右前の刃を払い、もんどり打って転がりなが

ら斬りかかる左後ろの剣をよけ、立ち上がりざまに

下段からの振り上げ剣で右前の男を狙うがかわされ

る。
そんな早月の動きに残る二人が見事な呼吸で斬りか

かり、しかし早月は、さらに転がり、跳ね飛んで、着物

が乱れて白き腿まで露わとなった。

早月は強い。されど多勢に無勢。さらに突き抜く男の

切っ先が細い腕をかすめ、女の柔肌に一条の血を浮

かす。

「やれやれ、どうにも俺はついてねえ。行く先々で火の

粉をかぶる」
香月は眉を上げて微笑むと、目先に迫った修羅場へ

と割り込んだ。

「待て待て、女一人に大勢で。みっともない連中だ」
「何ぃ! サンピンはすっこんでろ、叩っ斬るぞ!」
それでも香月は囲みを割って歩み出て、早月との間に

立ちはだかった。早月は目を丸くする。
「何者だい、あんた。引っ込んでな、怪我するよっ」
「なあに、そういう性分なのさ、ほっといてくれ」
振り向いて早月に微笑むと、香月は腰の剣に手をか

けた。
「やると言うなら俺が相手だ。早月とか言う女に惚れ

ちまってね、見ればいい女じゃねえか。見過ごすわけ

にはいかねえのよ。ふふふ」
その言葉に早月はちょっと唇を噛んで怒ったそぶり。

男どもの一人が言った。
「早月の仲間か」
「違うね、たったいまから恋仲よ」
「ちぇっ、名を名乗れ!」
「女は早月、俺は香月。互いに月で、似た者同士

香月は静かに抜刀し中腰、切っ先を後ろに向けて中

段に構える、独特のあの姿。
「柳生新陰流・・」
「ほほう、わかるか。拙者、香月宗吾、柳生新陰流

免許紛失、再交付申請中」

「ふざけるな! かかれぃ!」
四人の剣に殺気が満ちた刹那、斬りかかる二人の剣

をたやすく弾くと、次の一瞬、右と左、男二人のそっ首

が胴から離れて転がった。

香月なる若武者、めっちゃ強し!

早月はキュンと高鳴る胸騒ぎに、乱れた着物をとっさ

まとめた。