出発〜 | 男46歳のダイエット!!!

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自分がデブだと気が付き、血と汗と涙のダイエット日記

6月13日木曜日の早朝に、Motor Homeで北海道へ向かう予定を立てていたが、前日の12日水曜日大安吉日の14時20分に石神井の自宅を出発した。

今回は太平洋側に沿って北上計画を立てたのと、子供の頃からの懸案事項であった水戸黄門様の御隠居である西山荘へ立ち寄る事を第一のミッションとした。

12日は、常磐道の友部SA泊とした。


今回の北海道は、大間崎からフェリーで函館へ行くので、船の予約は16日7時発である。

大間〜函館は1日2往復しかなく、更に青森〜函館便の船より小さいので、乗れなければ大騒ぎなので、予約は必要である。


詰まり、フェリーの日時が決まっているので、早くに自宅を出ても、乗る便は同じなのである。

ただし、その分、東北を堪能出来るのである。







西山荘は水戸城より更に奥地にある。

水戸光圀公が、隠居され綱條に領主を譲り、この隠居所に移り住んだという。

ここで大日本史の編纂を始めたと言う。

水戸藩主は唯一参勤交代が無い大名家であったので、天下の副将軍とドラマで有名だが、御公儀の組織表には存在していない。

光圀公は、水子にされる運命であったというが、家臣の計らいで家臣宅で生まれ育ったと言うのだ。

その後、親子の対面を水戸城で果たし、その気性を見抜いた頼房公は光圀を跡取りとした。


西山荘は、今でも田舎である。

400年前は、更に田舎〜

江戸の街で長きに渡り過ごしたら、銀座のネオンが恋しくなる私と同じ様に、御老公も吉原とうの火の光が恋しくならなかったのか?

そろそろ私の年齢も、西山荘に籠った頃の御老公に近づいている。

銀座のネオンやオネエさん方の誘惑を断ち切り大日本史の編纂に集中した事だけでも偉いと思う。


更に、御老公は西山荘に田圃を作り、自ら農業をされていたと言うのだ‼️

皆さん、良く聞いて‼️

御老公は、自らの田圃で収穫した米から、“年貢”を担当郡代所に払ったと言うのだ‼️

領主から隠居し、一領民になったのだから、税をはらう‼️

凄くないですか?

これが、本来人の上に立人の姿ではないのか?


御老公の立場上、税など払わなくても、誰も文句を言わないでしょう?


しかし、自民党の岸田をはじめとした奴らは、平民の分際で、何で脱税しても逮捕されないの?

国民主権と言って、何で政治家は別なのか?


御老公と岸田風情を比べるこた自体がバカな話だが、この差はなに?


だから、現行政府はもう必要ないと私は思っている。

ユリウス・カエサルは「どんなダメなシステムも、それが出来た当初は機能していた」と言った。


まあ、明治維新が良かったかどうかはさておき、しかし、明治の頃は官民一体となって、日本国を世界有数の国へ押し上げるために一つとなった。

しかし、大東亜戦争以降、高度成長期、そして、バブル期の終焉で、日本国政府は終わったのである。


どんな組織も終焉はある。

それを何処で終わらせるか?が問題なのだ。

我々の幸運なのは、ご先祖が作り上げた制度がある。

国体と政体を分けたことである。

国体は天皇であり、政体は時の政府である。

藤原摂関政治、鎌倉、室町、江戸と政体は変わって来た。

源頼朝公も、今の我々と同じ様に政府の腐りが見えていたはずだ。

足利尊氏も、鎌倉政府の腐敗を目の当たりにした。

織田信長公も、足利の政府の腐敗を見たから天下布武であった。

令和の現代も、同じである‼️


おっと、旅の途中で重すぎる思考であった。


今、岩手県の普代村のRVパークにいる。

これから、大間崎に向かって進むのである。

途中で温泉♨️を堪能してから、最終的に大間フェリーターミナル泊である。


さて、今日はどんな冒険が待っているのか、楽しみである。


つづく