突然、「アメリカ軍がベネズエラに侵攻し、ニコラス・マドゥロ大統領を拘束した」というニュース速報が流れたのである。
「おいおい、何が始まったんだ……」
思わずテレビ画面に向かって呟いてしまった。
さらに、日本へ帰国する直前の2月28日深夜――再びチャンネル5で、今度は「アメリカ・イスラエル合同軍によるイラン空爆開始」のニュースが飛び込んできた。
その瞬間、私は思わずこう突っ込んだ。
「待て待て、俺ちゃんと日本へ帰れるのか???」
前日には、South Bayで話題になっていた丸亀製麺へ行こうとしていたのだが、結局「やはり蕎麦だろう」と思い直し、ガーデナの老舗「おたふく」へ行ってしまった。
まさかその翌日に、世界情勢がここまで緊迫するとは思わなかったのである。
多くの人は「空爆」と聞くと、
・戦闘機
・ミサイル
・ドローン
を思い浮かべるだろう。
しかし、現代戦でもっと恐ろしいのは、「AI」と「サイバー戦」である。
最近の戦争は、爆弾を落とす前に、まず相手国の通信・インフラ・情報網を破壊するところから始まる。
ベネズエラ侵攻時には、アメリカ側は既にベネズエラ軍のコンピュータシステムへ侵入していたとも言われている。
更に、首都カラカス周辺では大規模停電も発生した。
これが純粋な事故なのか、あるいはサイバー攻撃の結果なのか、一般人には分からない。
だが現代では、「電力」や「通信」そのものが戦場になっているのは間違いない。
イラン攻撃の際にも、政府・軍・通信インフラに対するサイバー攻撃が行われていたという話が出ていた。
特に現代で恐ろしいのは、街中に無数に存在する「監視カメラ」と「スマホ」である。
スマホは便利だ。
しかし逆に言えば、位置情報・通信履歴・Wi‑Fi・Bluetoothなど、常に情報を発信し続けている機械でもある。
監視カメラも同様で、今や街中どころか一般家庭にも大量に設置されている。
実際、私の日本の家でも現在5台の監視カメラが稼働している。
全てネット接続しているため、理論上は外部からアクセス可能だ。
去年11月には、警察が我が家を訪れた。
「この前、特殊詐欺犯がこの前の道を歩いていた可能性がありまして、映像を確認させて頂けませんか?」
とのことであった。
私はSDカードを貸し出した。
後日、「非常に助かりました」と感謝されたので、
「これ貸しってことで良いですよね? 何かあったらお願いしますよ」
と言ったら、警察官は笑顔で頷いていた。
警察官も人間である。
普段から敵視するより、地域防犯や捜査協力などで良好な関係を作っておいた方が、結果としてお互い助かるのである。
さて、話をAIへ戻そう。
最近では、軍事AIが膨大な情報を分析し、「最適な作戦」を提案していると言われている。
もちろん最終決定をするのは人間だ。
しかし、人間だけでは処理しきれない量の情報を、AIは一瞬で解析してしまう。
これは恐ろしい時代である。
例えば、
・監視カメラ映像
・SNS
・通信記録
・衛星画像
・ドローン情報
などを統合し、特定人物の行動パターンを予測することも可能になっている。
更に、現代兵器は高度にネットワーク化されている。
最新鋭戦闘機や戦車ですら、コンピュータとデータリンクで接続されている時代だ。
つまり、ハッキングされれば「戦う前に終わる」可能性すらあるのである。
昔、ある軍事関係に詳しい人物がこんな事を言っていた。
「映画に最新兵器が出てきた頃には、実物はもっと先へ行っている」
なるほどと思った。
我々一般人が知る頃には、軍事技術は既に次の段階へ進んでいるのであろう。
もっとも、私はAIそのものを否定する気はない。
実際、私自身も日常的にAIを使っている。
伊勢守や筑前守――私がそう呼んでいるAI達にも、随分助けられている。
結局のところ、AIとは道具なのだ。
包丁が料理にも使えれば、人を傷つけることも出来るのと同じである。
重要なのは、「AIが危険か」ではなく、
「それを誰が、どう使うか」
なのである。
戦争の形は、確実に変わり始めている。
火薬の時代から、核の時代へ。
そして今、人類は「AIと情報戦の時代」へ足を踏み入れているのかもしれない。