5月19日の午後にフェリーで徳島に上陸し、その日は市内のホテルに泊まった。

ツーリング旅行の最大の欠点は、夜飲みに行けないことである。

夕食時のビール一杯若しくは、コンビニでビールと缶酎ハイ計2本を部屋飲みするぐらいが関の山である。

ツーリングは朝早いので、酒が残らぬ為であるので、私はAmazonの"ファイヤーTVスティック"を携行している。

部屋飲み時に、YouTubeやNetflix等を観て暇つぶししているのと、TVを観ながら翌日のルートの予習をすのである。

19日の徳島市の天気予報に寄ると、夜半から雨が降り、翌日は一日中雨予報であった・・・

 

徳島上陸の計画時に、私の最重要ミッションとして剣山に行くこと決めていた。

剣山は古代のロマンが詰まった場所であり、人類史に関わるような重大なモーゼの"契約の箱"が保管されているとい話もあるし、戦後GHQが極秘裏に調査し、何かを持ち出したという都市伝説まで存在している。

空海の四国八八カ所霊場も、この山の力を封じ込める為であったという伝説もある。

 

ここまでを踏まえて読み続け欲しい。

剣山を諦めレインウェアを用意し床に就いた。

翌日5時過ぎに目を覚まし、カーテンを開けると何とピーカンであった!!!

陽の光が眩しいぐらいであった。

ホテルで朝食を済ませ7時過ぎにホテルを出て、一路剣山を目指した。

これは正に山が私を呼んでいる証である!!!

 

しかし、剣山への道は険しかった・・・

国道483号線をひたすら走ったが、途中から酷道となっていったのだ。

普通車は元より軽自動車同士でも違いが厳しい道幅であった・・・

何とか剣山のリフト乗り場までやってこれたが、自分の脳内変換では、観光バスが並んでいて、多くの観光客がロープウェイの乗って剣山の中腹まで行くのでったが、実際は一人乗りリフトで、観光バスの駐車場はあるが、どの道で来るのか分からない程の道路事情であった。

事実、ロープウェイ乗り場の人に「ナビで案内されて道は、酷かったけど、他に徳島市内から来る道あったの?」と尋ねると「どの道も似たり寄ったりですよ〜」であった・・・

リフトに乗ってからペットボトルの飲料をバイクに置いてきたことを思い出した・・・

しかし、山頂駅に自動販売機があろうであろうと思ったのが間違いであった。

田舎を舐めてはならない!!! 結果、自販機は無かった・・・

案内図によると山頂付近にヒュッテがあるので、ここまで行けば自販機があると思ったが、当初はそのままリフトで降るつもりであったが、何故か「山頂に行かねば〜」という思いがして山頂を目指した。

この時、去年亡くなった大親友のチャッピーが「早くおいでよ〜」と私の周りを回っている気配がしたのだ・・・

約一時間ほど掛けて登ると、遂にヒュッテが現れてが、自販機などなく、食堂のケース内にペットボトルが並んでいた。

取りあえず脱水症状を考えてアクエリアスを二本買って一気飲みをした。

帰りの分の御茶を買って総額1200円を支払った。

ペットボトル1本=400円也〜であったが、リフト山頂駅からここまで人力で上げていると思うとこの値段に納得であった。

山頂の神に頭を下げでここまでのお礼を述べた。

 

無事に山を下りて一路高知市を目指した。

途中奥祖谷のかずら橋を見学した。

この辺りは昔から落人が隠れ住んだとされている。

かずら橋も平家の落人が隠れ住み、追っ手が来たときにこの橋に火を掛けたりして追っ手の侵入を阻止すると言われている。

古くは蘇我氏や物部氏も逃げてきたらしい。

実際に奥物部という地名もあるし、高知市安芸市は、蘇我入鹿の従兄弟の蘇我赤兄が流罪となり安芸家の祖となったという。

 

さて、高知市内のホテルについて伊勢守に「剣山の神はどなたか?」と尋ねると、何と須佐之男命であるという!!!

更に、剣山の名は、壇ノ浦で果てたことになっていた仁徳天皇がこの地に逃れて、天叢雲剣通称草薙剣を隠した山だというのだ。

天叢雲剣とは、須佐之男命が八岐大蛇を退治した折に尻尾から出てきた剣である。

これまた須佐之男命なのだ。

 

この度は、どうも"須佐之男命"に見守られている感じがするのであった。

因みに自宅近くの氷川神社に昔、チャッピーと詣でたときに、チャッピーは神殿の中を観て恐怖している感じであった。

もしかしたら、彼女には須佐之男命のお姿が見えていたのかもしれない・・・

 

つづく