失われた巨人 | CACHETTOID

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Art is long, life is short.
一人の人生で得ることのできる知識や経験は、ひどくちっぽけなものですが、僕らは巨人の肩の上に立つことにより、遥か彼方まで見渡すことができます。
文学、芸術、神経科学、哲学、思考などを自由に展開していくブログです。

失われた巨人
 カズオ・イシグロ 土屋政雄訳
 
一年以上前に読んだ感想。
 
2015年に発表された、カズオ・イシグロの作品。
2017年ノーベル文学賞に受賞され、その存在を知りました。村上春樹も絶賛していると言う点と、単なるミーハーな気持ちで読んでみました。
まず、巨人として、僕の頭に浮かぶのはどうしても「巨人の肩の上に立つ」です。そして、ギリシャ神話などに出てくる巨人たち。ゼウス・ヘラやオリュンポス十二神以前の統治国家の神々を思ってしまいます。オリオンとディアナ。文中にも巨人をメタファーとして使用している箇所がありますし、解説でもそう評されています。
[かつて地中に葬られ、忘れられていた巨人が動き出します。遠からず立ち上がるでしょうp447。」巨人と評するのがやはり適切なんでしょうか。
アーサー王によるブリトン人とアングロ・サクソン人統一後の安寧したブリテン島を舞台としたファンタジーとなりうる状態をイシグロは見事に普遍的な物語として描出しきっています。
早川書房が出したブックカバーに収まりきらない少し大きめの文庫本は、やはり、若干対象年齢を高めたのでしょうか。
どこの文化でも、記憶を抑圧することは多々あります。そして、その抑圧された記憶は霧がかかったように霞んでいる。しかし、それによって社会は丸く回っているとも言えます。
このことはカズオ・イシグロはテレビでも言及していました。「日本は軍国主義でおかした過ちを忘れ去ることによって平和な民主主義になった。」
アクセルとベアトリスの愛を確かめるべく記憶を戻すことがラブストーリーとしての大きな根幹ですが、この愛に関しても、揺れ動く感情が見事に表現されています。
「クエリグが死んで霧が晴れ、記憶が戻ってきたとする。戻ってくる記憶には、お前をがっかりさせるものがあるかもしれない。わたしの悪行を思い出して、わたしを見る目が変わるかもしれない。それでも、これを約束してほしい。今この瞬間におまえの心にあるわたしへの思いを忘れないでほしい。だってな、せっかく記憶が戻ってきても、今ある記憶がそのために押しのけられてしまうんじゃ、霧から記憶を取り戻す意味がないと思う。p389」
疑心暗鬼になっているところがリアリティを持たせています。もちろん、負のイメージがない小説は小説とは思えませんが。人間には相反する感情が渦巻いているはずなので、常に希望を持って人生を歩むことはできるはずがないのです。読者が読むわずかな時間を登場人物に投影させて、感情の揺れ動くところが美しくみえます。
対して、ガヴァイン卿は同様の信念を繰り返す節もあります。それも、人間たらしめている点だと思います。どうしても、小説なので、重複が抜けてしまうこともありますが、この作品では何度も同じことが繰り返されました。
船頭のになっている役割には大変感服しました。と言っても、帰り道に会うだろうなと予想はされましたが。
形式だけの確認というのは非常に正しいことです。形骸化したルーチン作業にも見えますが、その作業を軽視するのではなく、つまり、重要なのは問う内容ではなく、全体像だということを色濃く映してくれます。「愛情は言葉ではないよ。」と声が聞こえるようです。
まぁ、総じて、ほとんどの感想は、解説と同じです。文化の抑圧を知らず知らずに僕らは行なっています。そして、それが正しいか正しくないかはわかりません。アーサー王もクリエグもいなくなった中、登場人物の運命は自分自身で切り開かなければならないのです。これは、唯神論が打破された状況に類似します。現在でいうところの科学信仰でしょうか。医師でいうとガイドライン信仰でしょうか。いずれにせよ、記憶だったり正しいことだったり、そういう点に関しては、誰かに言われて意見を変容させるのではなく、自分自身で考えることが重要だということでしょうか。「ブリテン人全てを憎みなさい」と忠義を誓うウィスタンに言われたエドウィンは、アクセルとベアトリスを憎むことなく過ごすでしょう。
そして、特筆すべきもう一つの点はやはり、僕には「流れ」に見えます。ガヴェイン卿もウィスタンも双方の強さを映し出すことを中間では重視しています。そのおかげで最終的な決闘が素晴らしいものになりました。
あと、ガヴェィンが剣を地面に突き刺すシーンが多いです。ウィスタンともそこは議論になりました(おそらく、イシグロは読者が不審がることを見越していたんでしょう)。剣を抜いて置かないと速度が間に合わないと。あまり、アーサー王伝説を知らない僕にはこれがエクスカリバーにダブりますが正しいのでしょうか?エクスカリバーは正統な者にしか抜くことができない剣。何度も抜き差しされる剣はエクスカリバーとは異なることを暗示しているみたいに見えました・