選民思想 vs 非選民思想 | CACHETTOID

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Art is long, life is short.
一人の人生で得ることのできる知識や経験は、ひどくちっぽけなものですが、僕らは巨人の肩の上に立つことにより、遥か彼方まで見渡すことができます。
文学、芸術、神経科学、哲学、思考などを自由に展開していくブログです。

選民思想というのは、ユダヤ教に通ずる思想の一種であり、我々は神に選ばれた崇高な市民、民族の一種であるとする。
そのため、神、もしくは、キリストの子孫である彼らは、そのほかの人達よりも能力に秀で、そう、多彩な能力、例えば、数学、物理、医学、崇高な比喩力、表現力、身体能力から芸術的観点において秀でている。
さらには、細かい作業をする実務的労働力においても、優れているという自覚をもつ。
 
それを選民思想という。

対して、非選民思想というのは、そのような選民にはなっていないと否定する立場にある。
自分には能力がない。できることがない。
幼少期に誰もが憧れたテレビアニメのヒーローにはなることができない。
ノーベル賞を取ることはできない。夢は夢のままで実現することがないから夢という。
現実を見ろ。実現可能な目標を掲げよ。
 
大人になるというつまらない過程の中で、若者は選民思想という一種の過激で情熱的で、耽美な思想から逃れ、追い出せれ、非選民となる。
その社会の中では、いてもいなくてもいい、そんな風に社会は回る。
そういう思想である。
 
現在社会、機械化、均質化が進む中で、選民思想は消失していった。代わりに、非選民思想が人々の心の水面を打つ。
それも、一種の思想じゃないのか。選民思想を卑下して、なぜ、非選民思想を卑下しない。自己矛盾。解離性。
そこに一石を投じたい。