愛の夢
昨夜はルーマニア大使館での、ヨーロッパで活躍中のピアニスト萬谷衣里さんの日本CDデビュー公演へ☆
ルーマニア大使ご夫妻、羽田元首相ご夫妻、音楽の友社社長などそうそうたる方と一緒に音楽とワインの夕べ♪
萬谷さんはルーマニア音楽コンクール第一位の、東京芸大出身のピアニスト。日本人では初のルーマニアの代表作曲家エネスク奏者。このエネスクさんの作品は、超難解で、弾ける方、、というか、挑む方があまりいないらしいのですが、聞くと、ジャズのインプロぽかったり、ポップスのキラキラ感があったり、、素敵なエネルギーに満ちています^^22日に音楽の友社ホール、3/7に母校芸大にて、演奏会もあり☆
よかったら、おススメです(=^・^=)
アンコールは私の大好きなリストの「愛の夢」。
愛の夢、、
XのForever Love,Forever dream..
という歌詞にもいつも思うのですが、
「愛というのは、夢にすぎない」のか
「永遠の愛が得られれば夢みたい!」
「夢のように愛は素晴らしい」
のどれかなのか、、
それはきっと、聞く人次第でもあるのでしょう、、。
U2のエッジやボノも、
「歌詞は聞く人が、自分のものとしてイメージしてくれればいい。
僕らがなぜ書いたか、というのはあまり意味をもたない」
といい、
多分それが「歌」のもつすごさ、
誰が作った曲でも、
歌う時は「自分のモノ」
なんだろうな、と感じます☆
愛の夢、
永遠の愛、永遠の夢、
それも多分、自分というものを見つめることなくしては
「永遠」ではないのでしょうね、、。
「永遠」の意味、
「愛」「夢」、、同じ言葉を使っても、
その意味するところはきっとそれぞれ人は違うから。
それにしても
クラシックの演奏家は
あんな指使い、、なんとも神がかり、、と思いますが
訓練と努力のたまもので、、すごいものです、、。
そして同時に
リストの曲をイメージしていくために
リストの一生を自分で追ったり、、すごくロマンティックな部分も必要なんですね、、
こういう素敵な演奏家は、やはり神からのプレゼントなんだと思います・・。
ロックやジャズの演奏家は「人間そのもののすごさ、深さ、悲しさ、強さ、、」
を感じさせると私は感じますが、
クラシックは、人間というより、どこか神がかりのような気がします、、。
故ホロヴィッツを生で聞いた時は、なんだろう、神がそこにいるような気がしました、、。
私は通常はどちらかといえば、人間臭いけれども、未来的な、、というものが好きで、
アンダーグラウンドの少し実験音楽的なロック、ジャズのインプロが好みですが、
たまにクラシックを聞くと圧倒されます、、☆
さて、今日は
「なぜ人は他人の不幸がうれしいのか」を研究している人の講演会へ^^;
どうしてかしら、、その悪魔的な喜び、、とこれは
楽しみ(=^・^=)、、
報告は明日☆
カレログ
昨日ヘアカットしている時に読んだ雑誌に、カレログのことが乗っていました☆
スマートフォンのアプリで
彼の携帯をちょっと借りて(例えば一緒に撮った写真を観ている時に
‘写真見せて’、とかいって借りたスキにダウンロードしちゃえば
あとは「カレログ」なんて表示されないあったまいい!!アプリです。
彼のすべてをほとんど追うことができる・・・
その記事は若い作家さんが(といっても今は30代)が書いていて
そこに
20代はじめとかの自分中心の恋愛世代でこれがあったらヤバかった、、という感想が(>_<)。
その頃は「相手の100%を知る権利があると感じていた頃」だったそうで☆
今はもちろん、
相手のすべてを知ることなんて絶対できない(大体自分のことすらわからないのですし)し、
相手には相手の世界もある、ということがわかっていて
そこから
していいか、悪いか、判断がつく、と。
ふ~む、、。
確かに一瞬心動くアプリ(@_@;)
ただ、、
この世には男と女しかいないので
友人の女性と会ったり
仕事関係者と会ったり、
電話したり、、
現実にはいろいろあるわけで、、☆
その時、いちいち説明するのがめんどくさくてごまかすことも
やっぱりあると思うんです、、。
もし
相手のすべてがわかったら、、
それこそ疑心暗疑が大きく膨らむだけなのではないかなぁ、、(>_<)
恋愛は、
最終的には長く続くためには
相手への信頼が不可欠☆
それは
もしかしたら
ある時小さな誤ちを犯した結果「やっぱり俺にはあいつしかいない」と自覚することもあり、
相手を傷つけないための嘘もアリ、、
それでも「やっぱり00が大切」と思うことで
大きく絆が前進ということもある
不思議なもの、、
恋愛、相思相愛って
やっぱりすごくミラクル、、奇蹟だと思います。
それならば
その奇蹟を大事に、
怖くても
傷ついても進むことができるとき
初めて
幻想ではない本当の愛情が
そこに生まれるのかもしれません、、。
カレログの反対で
もし自分がそんなふうにダウンロードされていたら、、
信じてもらえなかった自分=本当の意味では愛されていなかった、、と
思うような気がするのです、、。
「時」のお薬
どんなことも多分、、「時」があります、、。
誰かともうダメとおもっていても
まだ決断できない時は
辛いけれどもそれを断ち切るには時間がいるのだと思うのです、、
断ち切ってしまった後は
「なんであんなことにそんなにひっかかっていたのかなぁ」と思うものですが、
その「曖昧でグレ―で辛い時間こそが
もしかしたら
いろいろなことを考えさせてくれたり、
自分を見つめる時間をくれたりするのかもしれません☆
松任谷由美さんの曲にもありました、、
「時はいつの日にも、親切な友達、、」って☆
また必ず季節は巡り春はくるのだから(^_-)-☆