海外の本は翻訳者によりまるで本が違うものになることも
海外の本は、翻訳者によって印象や読みやすさ、時には内容の伝わり方まで大きく変わることがあります。
主な理由は次のようなものです。
- 言葉の選び方:直訳を重視する人もいれば、日本語として自然な表現を優先する人もいます。
- 文体:簡潔で読みやすい文章にする翻訳者もいれば、原文の雰囲気を忠実に再現しようとして少し硬い文体になることもあります。
- 専門知識:医学、経済、哲学など専門分野では、翻訳者の知識によって正確さに差が出ることがあります。
- 文化的な解釈:欧米では当たり前の表現でも、日本の読者に伝わるよう意訳するか、そのまま残すかで印象が変わります。
例えば、ハリー・ポッターと賢者の石のような小説でも、もし別の翻訳者が担当すれば、登場人物の話し方やユーモアの伝わり方がかなり違って感じられるでしょう。また、資本論や君主論のような古典では、翻訳の違いによって「難解」と感じるか「意外と読みやすい」と感じるかが大きく変わります。
そのため、読書家の間では「本を選ぶだけでなく、翻訳者で選ぶ」という考え方も一般的です。同じ原書でも、「○○さんの訳は名訳」と高く評価されることも少なくありません。
特に哲学書や経済書、文学作品では、翻訳者は共同著者に近い役割を果たすと言われることもあります。原文の意味を損なわず、日本語として自然で美しく伝えるには、高い語学力だけでなく、その分野への深い理解と文章力が求められるからです。
同じ相場を見ているにもかかわらず、見ている投資家によりまるで受け止め方が違う。不思議なもので当然である。解釈が違うからこそ株価がある。表と裏があるからこその株価だ。面白いし、恐ろしい。