『そろそろマネージャーにならへんか?』
代表からこの衝撃的な言葉を聞いたのは入店して僅か1ヶ月のことだった。
『ていうか、なりたいか?』
この言葉の返事には少し時間がかかるような気がした。
なぜなら、確かに近頃ボーイの仕事は好きになってたし、やりがいもあった。けど、マネージャーとなると責任もあるし、まだ自分はその器ではないと感じたからだ。
しかし、悩んでいると代表から
『お前やったら多分できるわ。』
と言われ、単純な俺は
『やります!』
こう言ってしまった。
この日からマネージャーの研修が始まった。マネージャーの業務は主に担当の女の子の管理、ボーイの上に立ち、店舗の営業にも携わる。
さらに、ボーイとマネージャーの違いは今までボーイのうちは女の子との会話は基本的には許可されない。しかし、マネージャーになると色々な女の子と会話し、長く働いてもらうよう人間関係を形成しなければならない。
ここがとても重要だということはもう少し先のことだった。
こうしてマネージャーになるための研修が始まった。今までと違い、営業よりも店全体を見渡し、女の子が営業メールを入れているか、ブログの更新をしているか、などを確認したり、店舗の入口に立ち、お客様を案内したりするようになった。
このころから代表に、
『村木!散歩行くで!』
と、よく誘われるようになった。
この散歩が実は重要で、ただ散歩するだけでなく、店舗と提携している案内所(注:現在は風営法改正に伴い、案内所は営業していないが、この頃はまだ営業していた。)に挨拶に行き、差し入れを持ってコミュニケーションを取りに行く。些細なことだが、こういった地道な行為は馬鹿にできない。また、新しくできた店舗などを見て回ったり、色々な話を代表とした。こうして話をしていくうちに代表のことをとても尊敬するようになっていった。
そんな中、トラブルが発生する。
あるお客様がシャンパンをオーダーしたのだが、これを俺が間違えて出してしまった。代表は普段は優しいが怒るとかなり恐い。
『お前、なにしてくれてんねん!!』
代表からインカムで怒鳴られる。
すぐさま謝りに行った。
『すいませんでした。』
そう俺が言うと間髪入れずに、
『謝ってすむ問題ちゃうねん!な?オーダーはドンペリやのにお前が持って行ったんはモエやなぁ!?結局モエは開けてもーたからサービスして、ドンペリ出したんやぞ!?店に23000円も損さしたんやぞ!自分で買えや!コラわれぇ!!』
正直、ここまで大きな額のマイナスを出したことに凹み、涙目になっていると、少し落ち着いた代表は、
『泣くなや、ほんまはお客さんが二本ともオーダーしてくれたわ。けどもうこんなミスすんなよ!』
『はい。すいませんでした。』
これで終わったと思ったのだが、
『ほな、お前これから先も俺の下で働きますって念書書け。』
『え!?』
『なんや!?やめる気なんか?』
『いや、分かりました。書きます』
やられた、そう思った。これは代表の作戦だったのだ。考えてみれば、間違って出したシャンパンは二本ともお客様がオーダーしてくれたため店に損害はなし。加えて、ミスした俺は念書を書かされ、やめれなくなる。これが代表の狙いだった。
こうして、簡単にはやめれなくなった。
さらに、マネージャーになることが決定した。

補足:マネージャーは店舗により担当の女の子、つまり管理する女の子の決定方法が異なる。入店する時に決まったり、経営者が決める店舗もある。ちなまにこの店では女の子自らが決める。

続きは次回更新で。

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少しずつ仕事にも慣れ、基本的な接客はできるようになったが相変わらず女の子の名前が覚えられずにいた。
ある日、藤広さんが
『この前言ってたいいもの教えてあげようか?』
そういって教えてくれたのは、店舗のホームページだった。
『ここにはみんなの名前と写メがあるから、見とくといいよ。』
そういって教えてもらったホームページには、確かに見覚えのある顔ぶればかりだった。
『それにしても多いな。』
俺は思わずそうこぼしてしまった。
(注:通常キャバクラは店舗の大きさによって在籍する女の子の数が違う。小さな店舗では在籍は10~20程度。普通の店舗では20~30程度。大きな店舗では30~50程度。大体平日は出勤するのは在籍の7割程度。金曜、土曜は8割程度出勤する。)
『ん?』
色々見ていて気づいたのだが数人の女の子のブログにはかなり際どい露出の写メがあった。
その事を藤広さんに聞いてみると、
『あぁ、今はイベント期間中だからね。何人かはエロい写メ載せてるんだよ。』(注:キャバクラでは店舗によって様々なイベントが存在する。この場合にはブログに際どい露出の写メを載せ、それを見て指名された数を競うイベントだった。他にも花魁イベント、水着イベント、ボディコンイベントなど、様々なイベントが存在する。水着などはかなり好評だった。)
そして、どんどん慣れていき、ついにインカム(注:キャバクラのボーイは大体インカムと呼ばれる物をつけているが、実は営業に直接関わらない新人には与えられない。しかも、基本的に買う場合は自腹である)をつけるまでになったが、ここで新たな障害が待ち受けていた。それが、延長交渉だった。
延長交渉とは、キャバクラは基本的に最初は一時間、以降30分単位でセットがある。当然店側にとっては、長くいてもらった方がよい。しかし、この不景気な世の中一時間で帰ろうとするお客様も少なくはないのだ。そういった方に如何に延長してもらうかが、ボーイの腕の見せ所である。
具体的には、
1 まずはお客様の斜め後ろから近づき、そして女の子がいる側と逆から話しかける。(男は基本的に女の前では見栄をはりたいため、目の前で、値切ったりケチな所を見せたくないためである。)
2 帰るかどうかの意思を確認する。(この時の第一印象が非常に大事だ。)
3 普通に延長を勧める。この際、いきなり割り引きの話などは絶対にしない。(どんなものでもそうだが、例えば、1000円の物を売る時にいきなり1000円で売ろうとするより、10000円から徐々に割り引きしていった方が売れやすい。買う側は安くなって得をした気になるし、売る側ももしかしたらいきなり10000円で売れるかもしれないため、得をする場合がある。)
4 3までいってダメな場合は、おつまみを一品サービスすることを伝える。(が、実はここでもなるべく原価の低いものを選ぶ。たとえば板わさと呼ばれるかまぼこにわさびを挟んだものを選んだ場合。お客様には、今日たまたま美味しいかまぼこを入荷したのですが、お客様に是非食べて頂きたいのでサービスします。よかったらどうですか?など、言い回しには気をつけること。)
5 それでダメなら、今度はいよいよ値段である。この際ももちろん少しずつ下げていく。店舗により、限界はあるので事前に確認をとっておくこと。
6 普通は5まででやめるが、私はさらにここでお客様一人につきワンドリンクサービスを勧める。大概断られるので、最終手段として女の子にワンドリンクサービスをつけると言う。これが案外効くのだ。なぜなら、お客様は本当は女の子を酔わせて、酔ってる姿をみたいのだ。しかし、金がない。そこに女の子にワンドリンクサービスをつけると言うと、案外揺らぐのだ。
最初はこの交渉が本当に嫌だった。何度行ってもとれず、悔しかったのだ。そして、何度も失敗してコツを掴んだ。気づけば店舗の延長交渉はほとんど俺が行くことになっていた。こうしてかなり仕事にも慣れ、店の女の子にも名前を覚えられた頃には入店してから1ヶ月が経っていた。そんなある日、転機が訪れる。
代表から、
『そろそろマネージャーにならへんか?』
衝撃的な展開だった。

続きは次回更新で。


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今日は2回目の出勤。
まず開店前のミーティング。
すると明らかに偉い感じの人がこちらにやって来た。直感的にこの人が代表だと感じた俺はすぐに挨拶に行った。
『はじめまして!昨日からお世話になっている村木です!』
すると、
『あぁ、よろしく。一緒に頑張っていこな!』と笑顔で返してくれた。この会話が後に大きな意味を持つ。
ミーティングが終わり前回教えてもらったトレンチの持ち方、アイスや灰皿、ミネの交換の練習をしていると、いつのまにか開店時間になっていた。
そして、一人目のお客様が入店され、初めての接客をした。
とはいえ、今まで飲食店のバイトはしたこともあったしあまり緊張せずにどうにかおしぼりを渡し、アイスを置くことに成功した。
しばらくし、先輩がいない時に
『すいませーん!』(注:キャバクラでは一般的にボーイを呼ぶ時はすいませんと声をかける)
女の子の声がした。
その方向を見ると手の爪と爪をこすり合わせるような動作をしている。
分からず先輩に聞くと、
『キャバクラでは基本的にサインを使うんだよね。ついでに教えておこうか。』
1 指で四角を作る→灰皿を替えて下さいのサイン
2 手で雑巾を搾るような動作をする→おしぼり持ってきて下さいのサイン
3 爪と爪をこすり合わせるような動作をする→冷たいおしぼりを持ってきて下さいのサイン
4 人差し指で下を指す動作→場内指名(注:キャバクラにおいて指名は二種類あり、通常の指名は入店の際に〇〇ちゃん指名で。という風に指名をするが、指名せずに入店した場合、途中で気にいった子がいれば指名することができる。)入りましたのサイン
(注:もちろん店舗による違いはある)
『大体こんな感じかな。』
それを教えてもらった直後、
また『すいませーん!』が聞こえて来て、そちらを見るとさっき教えてもらった場内指名のサインだった。
それを指名係の大木さんに伝えると、
『誰が場内なん?』
と、聞かれた。
ここで気づいたのだが、店の女の人の名前をまだ一人も覚えていなかった。
仕方なく『あちらの方です。』
と、伝えるしかなかったのだ。
(余談だがキャバクラでは店名、古い言い方をすれば源氏名というものを使う。ただ、はっきり言ってみな願望で好き放題つけるため、日頃聞かないような名前ばかりで覚えづらい。)

その日の仕事の終わり、先輩にそのことを相談すると、
『今度いいもの教えてあげるよ。』
と言われた。こうして2日目が終了した。

続きは次回更新で。
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