今日は肺動脈血栓内膜適除術の助手。DVTに併発した急性肺塞栓は執刀したこともあるが単純にPAを開けて血栓をとるだけで非常にシンプルである。ただこれが慢性的なものになるとかなり難しい。慢性期に対する手術は日本で働いていて一度見たことがあるだけでとても楽しみにしていた。



手順は20度までひたすら冷やして循環停止中に血栓内膜摘除、復温といたってシンプル。Dr. Rf 執刀であったが冷却中、復温中と頻繁に手をおろして休憩していた。ただし血栓内膜摘除術は目からうろこであった。


一見狭窄も全く無い部分から肉眼所見で異常内膜を見つけてメスで内膜のみカット、内膜をつかんだままひたすら内膜のみ鈍的に剥離。まったく急いでるようには見えなかったがスムースな手順で循環停止20分1回ずつで両側を完全に終了。Dr. Rf やはりただものではなかった。



とてもとても深い視野、そして繊細な作業、メスや剥離で外膜損傷すれば術中死である。それに加えて循環停止のカウント付で緊張感倍増。2-3回見るだけでは身に付けれないレベルの手術だと思うがこの手術が好きになった。



どれだけ研修医が手術をやらせてもらえるか? ということは外科臨床研修の根幹そのものである。CABGなら開胸からITA採取、人工心肺取り付け、吻合まで通常は一度術者自身が見せてくれて数回後に自分の担当となっていきステップを踏まなければならない。


このステップを早めるためには信頼される必要があるのだが、ポイントは2点あると思う。


完全に術者の好みを再現するよう努力することと、時に話術でカバーすることである。例えば手技がうまくいかなくても「本当はあなたの手技をまねするつもりだったんだけど癒着していて今日は上手くできなかった。」「あなたの手順通りした方が安全なことはわかっているがこの症例ではこうした方が安全かとまよった。」などなど時にほめたたえたりしながら、基本的には術者のやり方を知っていること、そしてそれをレスペクトしていることを上手く表現できれば手技のミスは全くもってカバーされることが多い。さらには、ブスーッとした顔で淡々と手術するよりも愛嬌をもってかわいがられた方が指導医に好かれて執刀機会が増えるという仕組みは、外科社会に確実に存在する。


ただここは英語世界の完全アウェイである。自分が口で上手くカバーして信頼を得たり気に入られることはまずないだろう。単純な開胸から人工心肺の流れだけでも何度も、その術者のやり方を術者側と第一助手側の両方でイメージして手術に入る。気持ちは10年以上前の研修医時代と同じで、当時のことをよく思い出す。



今日は病棟係りの予定だったが心移植のドナー心摘出に行った。初めての経験だったのでイタリア人フェローのSと一緒に行ったのだが飛行機がゴージャス。8人乗りのプロペラ機で車なら5時間かかるところを50分でひとっとび。金持ちはこんなんで移動してんのかなあと思っていたのだが着陸空港の近くで10分ほどまるで船のように揺れた。天候もおだやかな日だったのでこれにはたまげた。


その後タクシーで着いた病院は小さな病院で今までドナー心摘出の経験が無いとのこと。手術室も狭いし開胸器もなければセッシも通常の2倍の長さのものと通常の半分の長さのものが1本ずつ出てきて、Sと2人で笑いながら摘出へ。しかし通常は一人ぼっちで来てすべてオーガナイズする必要があるわけで、大変だなあと再認識。


摘出手技自体は非常にシンプル、おそらく次回は一人ではできると思うが電話でのドナー、レシピエント両方の病院とのやりとり、移植コーディネーターとのやりとりとだんどりなどまだ数回慣れる必要があると思う。


その後帰りはパトカーで大渋滞の中をつっきった、ところどころ街中では歩道を走ったりしながらエキサイティングな経験だった。一緒に見学に来ていた手洗い看護士は興奮しまくって写真もとりまくってた。


行き帰りすべてこみでかれこれ9時間の経験。少しつかれました。