営業で外回りをしていると、最近親子連れが電車に乗ってスタンプを集めている光景をよくみかけます。さすがに中高生はいませんが…。まあ夏休みの影響なのでしょうね。
夏休み…実に懐かしく、そして今でも憧れる響きじゃないですか!川に釣りに行って石を伝って渡ろうとしたら、石がヌルヌルで滑って転んでずぶ濡れになった上に、ゴム草履が片方だけ流されてしまったり、海に行って海水浴を満喫して帰ろうとしたら、知らない人達が置いていったゴミを、自分たちが放置しようとしたと勘違いされて怒られた上に、片付けをさせられたり、プールに行った次の日にものもらいみたいに目が腫れてしまったり、カブトムシとりに山にでかけたら虫にさされて物凄く痒くなった上に、いつの間にか草木で手足を切ってしまってたり、花火をやったら火傷をしたり、親戚の家に泊まりにいったらなぜか酒を飲まされたり…そんな夏休みを幼少時代はみんな過ごしたのではないでしょうか。
毎年のように行っていた、うちの親父の実家は風呂とトイレが離れにあり、いまだに五右衛門風呂のようです。母屋から風呂に行く間には牛小屋があり、そこで仔牛を育てて市場にだしていました。牛は意外に臆病で、風呂に行く途中に牛小屋の前を通るのですが、度々驚いて飛び跳ねるように後ずさりしていたものでした。
余談ですが、つい先日まで問題になっていた口蹄疫。終息宣言(?)がありましたが、それぞれが断腸の思いで下した決断だったのでしょう。あんなに臆病な牛たちも、どんなに怖かった事かと思います。二度とあのような惨劇が起こらない事を願います。
成人近く、あるいは成人になってから位の時期には遊び方は変わり、バイトやバンド活動に勤しんでおりました。自分のバイト先の先輩のなかに、ひとり地元の有名ライブホールでは常連で、結構人気のあるバンドのメンバーがいました。彼はギターを担当しておりまして、日本人なのになぜかデュークとか呼ばれていました。バンドでのニックネームなんでしょう。おそらくは学校などでは使われてないでしょうね、なんか恥ずかしいですもん…。本人もむず痒いような様子でしたし。彼らは全国ツアーとまでは言わない規模だと思いますが、日本各地でもライブをやり、またそのために車もでかいワンボックスのやつをバンドメンバーでカンパしあって購入したそうです。
夏休みもそろそろ全開になってくる8月に入ろうかという、ちょうど今位の時期にデュークはバンドもバイトも辞めてしまいました。大学も卒業する前の事でしたので、当然大学も辞めたのでしょう。私はたまたまデュークとは同じ大学でしたが、確か彼の方が年は二つほど上でした。私が通っていたのは九州では最大級クラスのマンモス校だったので、毎日が祭りのような人だかりのある学内で会うことなどは一度もありませんでした。
そのバイト先には日誌のようなものがあり、問題なしとか報告事項や問題があればそれを記入する欄がありました。最後にデュークが記したのは辞める理由でした。びっしり書かれていましたが要約すると、夢を追うためにイギリスに行く。これまでありがとうございました。というものでした。最後のサインはいつものような、名字を○で囲ったやつではなく、Dukeを○で囲ったものでした。バンドマンとしての思いから、敢えてした事なのでしょう。もう会うこともないだろうから恥ずかしい事もないでしょうし。律儀な事に数カ月後には手紙も届き、ロンドンで苦戦中だが戻るつもりはない。との事でした。全てを捨てて、相当の決断だった事と思います。あれからかれこれかなりの年月が経ちましたが、そんな彼は今頃どうしているのでしょうか?ひょっとしてまだロンドンにいるのでしょうか?それともサラリーマン?そして過去の決断について、今はどう思っているのでしょうか…?
いつか彼と音楽の好みについて話し合った事がありましたが、私の好みは早熟すぎると評されました。決定打はトムウエイツ、未だに私のお気に入りです。彼がその音楽に触れた時や名前を聞いた時は、自らが早熟と評した私の事をちらっとでも思い出す事はあるんだろうか?いやぁ多分ないだろうな…。
私は彼を名前でしか呼んだ事はありませんが、今彼に"デューク"と呼びかけたとしたら迷わず振り向くのだろうか?
夏休み…実に懐かしく、そして今でも憧れる響きじゃないですか!川に釣りに行って石を伝って渡ろうとしたら、石がヌルヌルで滑って転んでずぶ濡れになった上に、ゴム草履が片方だけ流されてしまったり、海に行って海水浴を満喫して帰ろうとしたら、知らない人達が置いていったゴミを、自分たちが放置しようとしたと勘違いされて怒られた上に、片付けをさせられたり、プールに行った次の日にものもらいみたいに目が腫れてしまったり、カブトムシとりに山にでかけたら虫にさされて物凄く痒くなった上に、いつの間にか草木で手足を切ってしまってたり、花火をやったら火傷をしたり、親戚の家に泊まりにいったらなぜか酒を飲まされたり…そんな夏休みを幼少時代はみんな過ごしたのではないでしょうか。
毎年のように行っていた、うちの親父の実家は風呂とトイレが離れにあり、いまだに五右衛門風呂のようです。母屋から風呂に行く間には牛小屋があり、そこで仔牛を育てて市場にだしていました。牛は意外に臆病で、風呂に行く途中に牛小屋の前を通るのですが、度々驚いて飛び跳ねるように後ずさりしていたものでした。
余談ですが、つい先日まで問題になっていた口蹄疫。終息宣言(?)がありましたが、それぞれが断腸の思いで下した決断だったのでしょう。あんなに臆病な牛たちも、どんなに怖かった事かと思います。二度とあのような惨劇が起こらない事を願います。
成人近く、あるいは成人になってから位の時期には遊び方は変わり、バイトやバンド活動に勤しんでおりました。自分のバイト先の先輩のなかに、ひとり地元の有名ライブホールでは常連で、結構人気のあるバンドのメンバーがいました。彼はギターを担当しておりまして、日本人なのになぜかデュークとか呼ばれていました。バンドでのニックネームなんでしょう。おそらくは学校などでは使われてないでしょうね、なんか恥ずかしいですもん…。本人もむず痒いような様子でしたし。彼らは全国ツアーとまでは言わない規模だと思いますが、日本各地でもライブをやり、またそのために車もでかいワンボックスのやつをバンドメンバーでカンパしあって購入したそうです。
夏休みもそろそろ全開になってくる8月に入ろうかという、ちょうど今位の時期にデュークはバンドもバイトも辞めてしまいました。大学も卒業する前の事でしたので、当然大学も辞めたのでしょう。私はたまたまデュークとは同じ大学でしたが、確か彼の方が年は二つほど上でした。私が通っていたのは九州では最大級クラスのマンモス校だったので、毎日が祭りのような人だかりのある学内で会うことなどは一度もありませんでした。
そのバイト先には日誌のようなものがあり、問題なしとか報告事項や問題があればそれを記入する欄がありました。最後にデュークが記したのは辞める理由でした。びっしり書かれていましたが要約すると、夢を追うためにイギリスに行く。これまでありがとうございました。というものでした。最後のサインはいつものような、名字を○で囲ったやつではなく、Dukeを○で囲ったものでした。バンドマンとしての思いから、敢えてした事なのでしょう。もう会うこともないだろうから恥ずかしい事もないでしょうし。律儀な事に数カ月後には手紙も届き、ロンドンで苦戦中だが戻るつもりはない。との事でした。全てを捨てて、相当の決断だった事と思います。あれからかれこれかなりの年月が経ちましたが、そんな彼は今頃どうしているのでしょうか?ひょっとしてまだロンドンにいるのでしょうか?それともサラリーマン?そして過去の決断について、今はどう思っているのでしょうか…?
いつか彼と音楽の好みについて話し合った事がありましたが、私の好みは早熟すぎると評されました。決定打はトムウエイツ、未だに私のお気に入りです。彼がその音楽に触れた時や名前を聞いた時は、自らが早熟と評した私の事をちらっとでも思い出す事はあるんだろうか?いやぁ多分ないだろうな…。
私は彼を名前でしか呼んだ事はありませんが、今彼に"デューク"と呼びかけたとしたら迷わず振り向くのだろうか?