活動休止 2019-01-30 06:00:44- | 勇気づけの嵐c6217139-08

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勇気づけの嵐

 

<日替り記事>

 

 

【祝・誕生】

 

翔くん、37歳おめでとうございます。

 

一日違いのカミさんも祝福しています。

 

 

【グループでの活動休止】

 

日曜の夕刻、「相葉マナブ」を見るべくTVをつけていたら、とんでもないニュースが!

 

カミさん共々頭が真っ白になってしまいました。

 

ファン目線からすると大変ガッカリでありショックで、ここに書く気力も失せていましたが、後に出て来るシリーズを続けて行きたいのでコメントを少し。

それにしても、2015年に誰でも普通にする交際を記事にされ、大勢のファンに対し謝罪しなければならなかった状況は、耐え難いものでしょうね。

今までよく頑張り抜いたと思います。

 

またアーティスト肌・趣味人・自由人でもある大野さんの気持ちに寄り添い尊重する他のメンバー。


大野さんだけ芸能活動を休み、身を落ち着けてからの再集合を沢山の話し合いで導き出しました。

 

解散・退所ではなく休止と言う着地点を見出せたのは協力の賜物。

 

アドラー心理学で言う工夫、代替案のお手本ですね。

 

正に5人で嵐です。

メンバーのつながり感覚、また事務所、マスコミやファン各位の受容力にも感動しました。

 

これも勇気づいた嵐のなせる技。

 

会見では、仕事自体が嫌で休むのではない事が確認できましたし、ZEROでの翔くんの宣言に一安心です。
 

 

【音楽遍(偏・変)歴・ブルース編・11】

 

さてその後、ブルース・ブームが起き、日本人が本格的に黒人のブルース・R&Bに取り組み始め、自分もライブに頻繁に通う様になりました。

 

B.B.クィーンズより大分前に「悲しい色やね」の大ヒットを放ったキー坊こと上田正樹さんは、県立岐阜高校在学中、「朝日の当たる家」のヒットで知られるアニマルズを名古屋市公会堂で観た事がきっかけで音楽の道へ。


バラードでは味わえないノリノリのライブは、下北沢・本多劇場でのR&Bナイトで観戦。

 

他にも鮎川誠さん等、錚々たる顔ぶれでした。

 

また、B.B.キングとの共演については、本ブログでご紹介しています。

悲しい色は大阪を唄ってますが、他にも当時、京都を中心に関西で起こっていた一大ムーブメントがあり、そのバンドについても簡単に触れておきましょう。

ブルースが取り付いたのは、同志社大学の学生が多かった様です。

ウエストロード・ブルースバンドは既に解散後でしたが、伊勢の星、ボーカルの永井隆さん、そして二人のギタリスト、同じく伊勢市出身で今はニューオリンズ等で活躍中の山岸潤史さんと、後にSMAPアルバム参加等、同じくソロ活動が活発だった故・塩次伸二さん等をよく観ました。

名古屋で観たウエストロード・リユニオン・ライブでは、山岸はんの、歯で弾くトリッキープレイが大喝采でしたね。

一方、ブレイクダウンの前身、ブルースハウス・ブルースバンドに居たボーカルの入道さんのソロライブもよく観に行きました。

気さくにステージから話しかけて下さるのが嬉しかったものです。

 

また屋外ですが、兵庫県開催8・8ロック・デイの入道Setで観た、バックの房之助さんと山岸はんの強烈なギターバトルも目に焼きついています。

 

この様に盛り上がりる中、残念な事もありました。

 

この頃には房之助さんがオーナーとなっていたブルース・ライブハウスの老舗、今池の「オープンハウス」が、惜しまれつつ1991年、地上げにあって消えてしまったのです。

 

が、同じく房之助さん経営の2軒、ブルース・バーである下北沢の「ストンプ」(2017年閉店)と名古屋新栄の「OTIS'」となって蘇っています。

 

尚、閉店ライブを収録したCDも出ていました。

 

(続く)

 

 

<シリーズ・自由研究ノート>

 

 

【お断り】

 

本シリーズでは、今までのキーワードシリーズと異なり極私的見解が多く含まれて来ますし、にわか学習による誤認もあり得ます。

 

なので、アドラー心理学についても触れている、色メガネを通して書いたエッセイとお読み取り頂ければ有難いと思う次第です。

 

 

【勇気づけの嵐・30】

 

14)三毛猫ホームズの推理/主演:相葉雅紀

 

女性恐怖症であって、現場では血を見ると気絶してしまう。

 

そんなダメ刑事、片山義太郎が「一家一刑事」の家訓の元、兄弟に尻を叩かれながら辛うじて仕事を続けていた。

 

そんなある日、不思議な三毛猫に出会う。

 

難解な事件の陰にはいつも三毛猫の姿があった。

 

よく冤罪事件が話題になりますが、犯人を助けたいと思う様な共感的な刑事、なかなか実在しないでしょうから、観てて違和感をかなり感じましたが、アドラー心理学の技法等の実践に於いても、この違和感や抵抗感を感じる時があります。

 

でも、慣れてくると気にならなくなり、自然に出てくる様になりますので、むしろ違和感を楽しむくらいの気持ちで取り組みたいと思っています。

 

最終回、撃ち合いで怪我をし入院中の栗原課長が、「罪を憎んで人を憎まず」と片山刑事に話していました。

 

この普段よく耳にする言葉こそが、アドラー心理学の思想にあります。

 

共同体感覚で使う「信頼」ですが、証拠を必要とする「信用」と言う言葉と区別しています。

 

つまり、無条件に相手を信頼すると言うことです。

 

どの様な罪深い人でも、敵に思える人でも、人そのものは無条件で信頼するのが、共同体感覚になります。

 

仕事上の失敗でも人格攻撃は厳に慎みます。

 

岩井俊憲先生の「勇気づけの心理学」という本にあったカウンセリングの例ですが、覚醒剤に溺れ、暴力団関係者とも関係してしまっていた娘さんを、お母さんは見捨てず信頼していました。

 

このプラスの姿勢が影響したのか、見事に立ち直られたそうです。

 

悪いことばかり想像して表すと、本当にその通りになってしまいかねないんですね。

 

「6)DOOR TO DOORでも述べました使用の心理学」という理論は「人は目標追求に向けて、自分を道具として使用します。

 

ライフスタイル(性格)は個人が所有している物のカタログではなく、それを使用する時の特徴なのです。

 

ですから、ライフスタイルを変えるとは、所有物の交換ではなく、それのより良い使用法を学び実践する事です。

 

つまり、不適切な言動をしている人そのものが悪いのではなく、持っているものの使い方を間違えているだけなのです。

 

但しこれは、罪を償うという、社会的責任を取らなくてもいいと言う事ではありません。

 

(続く)

 

 

【アドラー心理学と信仰・愛について(対神関係論)・30】

 

<アドラー心理学と信仰の関係>

 

私個人の考えるアドラー心理学と信仰の関係は、今まで述べました様に「神人協力説」に近いと思います。

 

「変えられるもの、変えられないものを見分ける知恵」と言う言葉を素直に受け入れる事ができ、これは自力プラス他力に結びつくからです。

 

神の呼びかけが先だと言う事ですが、これにも賛同します。

 

つまり、信仰の有無に関わりなく、自力救済で自己責任、自己決定を尽くして自分を変えても、尚の事乗り越えられない困難があります。

 

この極限状態の困難についてこそ、信仰による本格的な他力救済の出番だと考えるからです。

 

この時は心穏やかに呼びかけを待つと、後から考えるとこの困難に大きな意味があったと分かる様な導きがあり、それに応える意味での共同体感覚が加わって、良い方向に向かい始める事になる筈です。

 

今から考えると、離婚の危機、子育ての危機に於いて、自分の力だけで出会えなかった建設的な信仰や、その集まりのお世話役の大学教授を通じてアドラー心理学にたどり着けた事自体、当時は信仰を意識してはいませんでしたが、大きな導きだったのです。

 

ハイヤーパワーの働きによって導かれ、気づいて共同体感覚を目指す事が呼びかけへの応答、人事を尽くす事になり、変えられない事については天命を待つのですね。

 

これは、原因や運命に振り回されるのではなく、実存主義的に運命を受入れ、待つという自己決定する事になります。

 

因みに「<ユングについて>」に出てきたアウグスティヌスの救済論は、「回心→洗礼」の段階を「他力救済」、「聖化(義化)」の段階を「神人協力説」で捉えていて「単働+協働」折衷型に立っています。

 

さて、<哲学、信仰からの影響>2)共同体感覚のところで「目標のない動きはない。この目標は決して到達される事はない。人間は決して世界の主になる事ができないという考えが浮かんだら、それを奇跡あるいは神の全能の領域へと移し替えなければならない。」と言うアドラーの言葉をご紹介しましたが、これは、傲慢さから共同体感覚への道筋は、不完全な人間にとっては、理想を目指す事であると示すと共に、神からの呼びかけ、救いに応える事も重要である事を意味しているのではないかと思います。

 

心理学か信仰か、自力か他力か等、どちらか選ぶのでなく、両方受け入れたいと考えています。

 

ここで気になるのは、何故アドラーは、カトリックでなく他力救済主体のプロテスタントに改宗したのかと言う点。

ご本人にお訊ねするには、時既に100年以上遅しの迷宮です。

聖職者の役割分担が全世界共通のピラミッド型できっちり固まっているシステムがしっくり来なかったのか?

 

カトリック人口優勢のオーストリアの中、それこそ、たまたま近くにあった教会がプロテスタントだったとか、それ程大それた理由ではない様な気がします。

 

アドラー心理学の解説書等に、改宗には宗教的意義がなかったと書いてあるのは、この点に関してだけは当たっているのかも知れませんね。

 

(続く)

 

 

<列車で豪!の旅・11>

 

3日目は土産ゲットからです。

 

ウチには、ウオンバットの実寸縫いぐるみを買いましたが、後日ポメちゃんに取られてしまいます。

 

その後は、シドニー湾クルーズ。

 

桟橋がいくつか有り、大型の観光船も頻繁に出入りしています。

 

そしてここにもワンマンバンドのストリートミュージシャンが居たりして、待ち時間を楽しませてくれます。

 

また名古屋港の寂しさが頭に浮かんで来てしまいました。

 

さてオーストラリア最後の晩飯は、ロブスターの刺身。

 

一体何を付けて食すのか疑問でしたが、醤油が一般的に使われている様で納得。

 

日本の番組にも登場したハーバーブリッジすぐ下のレストランですが、橋やオペラハウスのライトアップが素晴らしく、幻想的な光景を楽しめました。

 

さあ、ドタバタもこれで最後です。

 

免税店で買ったお土産がホテルに届いていなくて、ベロベロに酔いつつも電話しまくりでしたが、12時前にドアがノックされ一件落着。

 

私が公園に置いてきたカーディガン土産は、無事に使われている様です。

 

(続く)

 

 

<鉄道動画集>

 

YOU TUBE「スヌーピー1」からご覧下さい。

 

 

<プロフィール>

 

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本ブログ中、横300サイズの小画像はお借りしたものとなります。

 

ベストセラー書「嫌われる勇気」で大ブレークを果たしたアドラー心理学では、困難を克服する活力を与える「勇気づけ」をとても大切なものと考えています。


本ブログは、夫婦関係、子育て等の困難から救われた自らの経験を活かす為、幸福を目指すこの心理学の案内役となり、各種ワークショップやカウンセリング等への橋渡しができればとの思いでスタートしました。

また、勇気づいた人の象徴的存在である嵐の活動、旅や趣味の世界等についても合わせて綴っていますので、同好の方にお楽しみ頂けたらと思います。

巻き起こせ!

 

勇気づけの嵐。