水子貝塚資料館
水子貝塚公園の中に、”水子貝塚展示館”と”水子貝塚資料館”が隣あって建っています。
2つもいらないんじゃないの~と思ってたら、”水子貝塚展示館”は水子貝塚、”水子貝塚資料館”はその他の市内の出土物と分けられているようです。
打越式土器(縄文早期)
貝殻腹縁文(ハイガイのような放射肋を持つ2枚貝の端を使って付けた文様)で、山形やひし形などの文様を表現
花積下層式土器(打越遺跡・縄文前期)
関山式土器(打越遺跡・御庵遺跡ほか、縄文前期)
黒浜式土器(殿山遺跡・縄文前期)
手前:加曽利E式土器(縄文中期後半)
称名式土器(貝塚山遺跡・縄文後期)
羽沢遺跡第40号住居跡出土(縄文中期)
”勝坂式”から”加曽利E式”へと移行する段階をよく表している
羽沢遺跡と中期の土器
第40号住居跡からは、住居の床から少し浮いたところから完全な形のものなど14点の土器がまとまって出土
獣面把手付土器(勝坂式)
この土器は”ムササビ土器”の愛称があるが、口縁部についている大型装飾は”イノシシ”と”人”の顔が向かい合った造形である
イノシシ
ひと
”イノシシ”の装飾がついた土器は、現在50例が知られている
甲府盆地から相模原台地・玉丘陵が分布の中心
弥生時代
北通遺跡8号方形周溝墓(弥生前半)
方形と円形の周溝墓が9基発見されている
第8号方形周溝墓は、1篇およそ10mの溝をめぐらせており、中央の埋葬部には遺体に副葬された鉄剣とガラス玉31個があった
周溝の中からは追葬された壺勧募が発見された
鉄剣は前兆61cmあり、関東では最大級
左:方形周溝墓に供えられた壺(北通遺跡8号方形周溝墓)
右:溝墓に供えられた壺棺(北通遺跡8号方形周溝墓)
底部穿孔壺(観音前遺跡・弥生後期)
方形周溝墓に供えられていた
弥生時代
ガラス製小玉(南通り遺跡・弥生後期)
1粒だけスポットライトに照らされています
お土産は、土器のペーパークラフトを買いました