こなから人生論 2.適当 | ずっと「さぁ、これからだ!」

ずっと「さぁ、これからだ!」

「さぁ、これからだ!」はずっと続くので素直に「ずっと」と付けました。今後ともよろしくお願いいたします。

2006年に発刊された高田純次さんの著書のタイトルが「適当論」でした。とはいうものの、中身の文章は殆ど対談者の和田秀樹先生が書かれています。ただ高田さんの発言や、和田先生が作った心理テストの(高田さんの)回答分析ですから、内容的には高田さんの考え方が書いてあることには違いありません。最後の章は高田純次さんの独白ですし。

 この本以降高田さんは「テキトー男」と呼ばれる訳ですが(と、高田さんご自身がどこかに書いていたような気がします。間違っているかもしれませんけど)、「適当」の本来の意味は適切に当てはまることですから、「いい加減」とか「無責任」という意味ではありません。

あ、いま「いい加減」と書いてしまいましたが、「いい加減」も本来加えたり減らしたりして丁度良いようにするという意味ですから、「杜撰」とか「無責任」という意味ではありません。「適当」が何故悪い意味合いで使われるようになったかというと、「適当」を、試行錯誤して当てはまる状態を見つけたという風に解したということでしょう。つまり試行錯誤する前には答えは見つけられていなかった、ということになります。問いかけられた時点で即答できなかったので「その場限りの言い逃れ」「場当たり的な…」と解されるようになってしまった、と考えられます。良い意味の場合も結果的に「ふさわしく」「適切」であった、ということでしょう。

 それはともかく、ワタシは現在の仕事をするようになってからこの本と出会い、チョット大げさに言えば衝撃を受けました。それまでワタシは「テキトー」に受け流すということが出来なかったものですから(まぁ、それまでもテキトーを装ってはいましたけど)、「そうか、そんな風に軽く流せばいい」ことを学びました.

 

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