こなから人生論 1.こなから | ずっと「さぁ、これからだ!」

ずっと「さぁ、これからだ!」

「さぁ、これからだ!」はずっと続くので素直に「ずっと」と付けました。今後ともよろしくお願いいたします。

 「こなから」という言葉を聞いたのは、小椋佳さんのコンサートでした。大酒飲みというのは一升酒を飲む人のことを形容するそうで、その半分は五合、半に小がつく小半(こなから)は更にその半分で、二合五勺を意味します。半を「なか」と読み(「道半ば」とか言いますよね)、それに接尾語「ら」がついて「なから」と読むそうです。接尾語「ら」は漢字で「等」です。なじみがあるのは「体言について複数をあらわす」使い方ですが、「おおよその状態をあらわす」意味もあるそうで(広辞苑)、この場合は後者だと解されます。つまり、「小」は厳密ではなく、例えば「小一時間」は大体一時間弱という意味。

「小半時(こはんとき)」はきっちり三十分を意味する訳でもない。ということになると、「こなから」もきっちり二合五勺というよりは、ベロベロに酔っぱらうほどではなく「ホロ酔い」程度を意味するのかもしれません。

 ちなみに冒頭に挙げた小椋佳さんには「小半(こなから) 酒に温もり」云々という詩句があります(もう少し引用したいのですが、詩歌の場合文章以上に著作権が厳しいようなのでこれ以上書けません)。結論としては、お酒も人生も「ほどほど」がいい、ということだと勝手に解釈しています。

死ぬほど競技にかけたり、仕事に没頭したり、少なくともワタシには出来ませんなぁ。仕事なり競技が人生の全てだという方もいらっしゃるので、そういう生き方が間違っているとはいいません。むしろワタシのほうが変わり者とかヒネクレ者なのかもしれません。否定はしません。そんなことで長生きしても満足感は得られない、という方はどうぞ燃焼してください。ワタシも「長生きのための長生き」は望みませんが、さりとて燃焼しつくして抜け殻になりたいとも思いません。そんな人生どこが面白いんだ!と言われてもダラダラとその時が来るまでは生き続けます。

 「こなから人生論」という見出しを付けましたが、「人生論」というのはチョット大仰ですね。ワタシのような成功者とはいえない者が、自ら付けてはいけないタイトルのような気もします。が、反面、お金を儲けることだけが「成功」か?と言いたい気もします。まぁでもお金を儲けることも大切ですし、それなりに努力も必要です。ワタシには出来ませんでしたが、素晴らしいことだと思います。ただここに書くのは、成功でも敗残でもない「ほどほど人生論」です。

 

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