例え親に10回蹴られても、
1回気まぐれで優しくされたことを子供はずっと覚えている。
親に限ったことではありませんが、
親しい(近しい)間柄になればなるほど、
どれだけ普段が極悪非道であっても、心のどこかで
「でもあの時優しかったのが本心かもしれない」
「私がうまくやっていればまた笑ってくれるかもしれない」
と思ってしまうものです。
その「わずかな幸せの記憶」と普段の恐怖や不安が絡みつくと、
異様に親を信仰する子供になったり、
親を喜ばすことに必死な子供になったり、
親がしてきたことをひた隠しにする子供になってしまうことがあります。
いわゆる毒親と言われる、
子供への粘着が強かったり、子供を傷つけるような親の元で育った子供は、大人になっても「親に支配される子供」のままでい続けています。
もうとっくの昔に、親がいなくても一人でご飯を食べ、歩き、生きていけるようになっているはずなのに、とにかく親の顔色が気になって仕方がありません。
親が何かを言えば、それに抗うことはとても難しいことのように感じてしまうのです。
親との関係で悩むクライアントさんに心理療法をすると、
大抵何回も、何種類もに取り組んでいただくことになります。
最初から方針としてそう決めているわけではなく、
心の中にたまった痛みの記憶がたくさんあるからです。
だからAについて心理療法を終えると、今後Bが出てくる。
Bについての心理療法を終えてすっきりするが、しばらくしてCもあったことに気が付く。
親の一挙手一投足が子供の人生に及ぼす影響は甚大で、
全ての生活の基盤にもなっています。
ですのでそうやって、記憶と感情の一つずつに向き合っていくことは、決して楽しい作業ではないかもしれません。
でもすべてを消化したその先に、本当の人生が待っているはずです。
親の一部として生きる人生は、本当に楽しいかな。
「自分の人生」は、もっと自由で気ままですよ。
*このブログは毎日19時に更新されます
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