ライフ・トランジッション・ストーリー(2) | チエでつながる, ワザでつながる、ココロでつながる、価値を生みだす           ~ 物語思考が世界をかえる

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この世に生まれて間もなく、人は「ものがたり」と出会い、そこで広い世界とのつながりを作ります。このblogでは、「ものがたり」と共にある人の可能性を探求していきます。

 

ライフ・トランジッション・インタビュー二回目は、跡見学園女子大、等で教鞭をとる一方、日本でコオウンド・ビジネスの普及を進めている細川あつしさん。元々は、誰もが知る有名ブランドをいくつも立ち上げた強面のビジネスマンだったそうですが、40を過ぎたあたりに転機が訪れ、長いスランプを経て今に至ったというお話。その間にどんな物語があったのか、じっくり聞かせて頂きました。

 

■いまのお仕事について教えてください。

 

4足の草鞋と答えています。2足が2大学での教育研究分野。あとの2足が実業。非営利組織(社団法人)と会社とで、コンサルティングの仕事をしています。 仕事の説明は場に応じて変わります。

 

コーオウンド・ビジネス(社員が自分たちの会社の重要な株主になるビジネス・モデル)とエシカル・ビジネス(社会課題解決と事業性のバランスをとるビジネス・モデル)が専門ですが、授業はその領域に加えてマーケティング、起業論、ソーシャルビジネス、コーポレートガバナンスなど、経営学全般を教えています。

 

■前のお仕事からのトランジッションはどんな風に進んだのですか?

 

前職ではラグジュアリーブランドのプロデュースや統括をしていました。新しくブランドを海外から引っ張ってきたり、再生させたり。’80年代後半~2000年代前半の頃は深夜まで働いて、帰ってシャワーを浴びてすぐまた出ていく、といった生活でした。当時は怖い顔していたんです。その頃の自分は“正義”を振りかざしていたんですね。米欧の交渉相手に対して国を守るとか組織を守るっていう。今思えば“正義”ほどタチの悪いものはない。

 

ところが40代前半に、いきなりスランプに陥ってしまいました。燃え尽きてしまった。当時のニュースで“援交”をやっている女の子が「そのお金で何を買う?」と聞かれて「シャネルを買う」と答えていた。自分が必死にやってきたことは人の欲望を煽っただけだった。絶望しました。それまで戦う男だったから、刀が折れた途端にぼろぼろになった。

 

周りからは変に思われていたと思います。半年で10キロ痩せました。そんな自分を見て、手のひらを返す人がいる一方、じっと話を聴いてくれる人もいました。落ち込んでいる自分を見て、「男は65-75歳が一番いい仕事が出来る。気力、体力、知力、人脈とも最高潮に達する」と言ってくれた人がいた。「だったら俺、まだ人生の小5じゃないか」と、一筋の光が刺した気がしたものです。

 

メンターから「親父の話を聞け」というアドバイスも受けた。そんなの嫌ですよ、と断ったのだけれど、しつこく言われたので根負けして実家に行き、話を聞いたんです。緊張したけど「高校時代ってどうだった?」と訊いたら、親父からドドーっと色んな話が出てきた。いろんなものが解けた感じで、随分救われました。

 

75まで働くにしても、ブランド・ビジネスはやりたくない、やっぱり人の役に立つ仕事をしたいなあと漠然と考えていたんですが、そこに、超大型ブランドのNo.2にならないか、という話が入ってきました。話がトントン拍子に進んで、あわや行きそうなところまでなった。ですがそこで唐突に恐怖感に襲われた。説明しようもない、どうしょうもない恐怖感。哲学者の内山節先生に拠れば“魂が拒否していた”らしいですが、それで結局そのNo.2の話は断りました。

 

一方前後して、あるブランドを再上陸させるシナリオを書いてくれないか、と頼まれて、適当に作って投げ返したら、これが惚れられちゃって、結局(再上陸の為の)合弁会社を立ち上げて、そこの社長にさせられちゃった。シナリオを書いた立場なので逃げるに逃げられない。ああ、これでこの仕事から足を洗うのが10年遅れたなあ、とその時は思いました。結局8年で卒業は出来たのですけれど。

 

その社長業を始める前、まだスランプどん底の頃、カトリックの神父さんから2冊の本を勧められたんです。一つがニール・ドナルド・ウオルシュの「神との対話」、もう一つがエリザベス・キュブラー・ロスの「死ぬ瞬間」。それまでの経済一辺倒と変わって、人生とは…、といった内容。それから「エンデの遺言」にも出会った。時間と貨幣が人間をダメにした、という話ですが、凄く感動して、その辺りから“人の役に立つ仕事したい”という発想になってきたんだと思います。

 

同じころ、ある友人からは「素手でトイレ掃除」っていうのも勧められました。ええーー、そりゃあ無理ですよ、って。で、たわしで半年くらいやっていたのだけれど、ある日ポチャッと手を入れてみたんです。それからは一日も欠かさず毎日続けています。不思議なもので、素手で掃除していると何故か感謝の念が湧いてくるんです。そして運も向いてきた。これはデカかったですね。

 

その辺りから人との付き合いがガラッと変わりました。ある晩に閃いて、世間に良いことする団体を作ろうと『よいコトnet』という団体を立ち上げ、そこで自己啓発系のセミナーをやったら、結構広がったんですね。そんな関係で知り合った友人から勧められて、立教大学21世紀社会デザイン研究科に進学し、修士学位、博士学位をいただきました。

 

立教での学びの最中に合弁の社長を辞めました。この時は経営コンサルタントをやろうというだけで、何の計画もあても無いままにとりあえず会社を作っちゃった。なのになんだか夢いっぱい。 一つだけ決めていたことは、今までの人脈は一切使わない、ということ。だってそれまでの人脈を使えば欲望ビジネスに戻っちゃう。前職で得た経営の知識もあったので、ソーシャルビジネスの経営コンサルタントが出来ればいいなあ、とは思っていたけど、徒手空拳でした。

 

そんな時、妻と娘二人が手紙をくれて、娘たちはまだ学校に行っていたんだけど、パパを見ていると夢いっぱい、ニコニコで私も嬉しくなりました…、みたいなことを書いてくれて、これは、本当にうれしくて泣いちゃいましたね。

 

もう一つ大きな出来事は東日本大震災です。国際赤十字のボランティア経験を通じて『初めてのボランティアセミナー』を始めた。更に南三陸のおばちゃんコミュニティーの支援も行っていく中で、営利も非営利も関係ない、そういう発想が出来る様にならせてもらえたし、生活スタイルもそうなってきたんです。

 

■以前とは随分違った動きをしたということですね

 

体がそう動いた。やっぱり体が言っているのが一番正しいんです。これはスランプのおかげ。人間関係も全然違うものになった。

 

コオウンド・ビジネスも、たまたまコンサルをやっていた顧客から、従業員が自分で発案して動いてくれる様な「みんなの会社」にしたい、という話があった。で、イギリスの「ジョンルイス」という会社は社員がオーナーなんだという事は知っていた。はじめはそれをちょっと参考にしようか、くらいに思っていたのが、調べていくとメチャメチャ深い。それで米英に出かけて、コーオウンドの会社に“話を聞かせてください”って。それがまた、いきなり社長が出てきてくれて、色々と教えてくれる。他に行っても、コーオウンドの会社って暖かい会社ばかりですっかり惚れこんじゃったんです。きっかけは軽いノリだけど、それでこんなものを掘り当てちゃった。

 

■これから人生の新たな方向を開拓したい、と思っている方にアドバイスがあれば。

 

どん詰まりに来ちゃった人には、夜明け頃の散歩がお勧めです。フィトンチッドが大量に出る時間帯なので心身ともに癒されます。たとえ5分の散歩でもブレイクスルーの窓が開けられます。

 

あと僕は仕事の後、街を無作為に彷徨っていました。歩いてへとへとに疲れる。そしたら眠れるじゃないですか。眠れなくなったら歩き倒して、体を疲れさせる、というのは良かったと思います。

 

そして素手のトイレ掃除。そういう時は頭で考えてもダメで、体を動かすのが一番いいですね。特にどん底の人は体に何かいいことをする、ということに尽きると思います。

 

あと、ちょっと癒え始めたら、ありがとうを言いまくる。これも、考えずに兎に角言いまくる。それと、挨拶しまくる。それだけでいいんです。どん底の次のステップとしてお勧めです。

 

本との出会いも心と頭を転換してくれます。例の神父さんに勧められた本にも癒されたけど、彷徨って行きついた本屋で見つけたレオ・バスカリヤの本にも癒されました。本との出合いは人それぞれですから、でかい本屋に彷徨い入るっていうのもお勧めです。

 

更に、できればメンターを作る。メンターに甘える。メンターに恩返しは出来ないので、元気になったらメンティーを作って恩送りする。映画「ペイフォワード」はまさに恩送りをテーマにしています。お勧めです。

 

そのあとは、“頼まれごとは試されごと”。これは更に次の段階です。私が大学教員になったのは、この一言から。自分が“頼まれごとは…”と方々で言っていたら、授業をやる先生がいない、7科目やってくれ、と無茶苦茶を持ってこられた。エエッという感じだったけれども、ともあれ受けて、ガタガタだった授業を全部成立させちゃった。それで正教授になってくれ、という話になった。元々大学の先生なんて考えたことも無かったけれど、実際にやってみたら、これこそ恩送りの格好の場だと思いました。

 

■思いがけない形で、人生が方向づけられた。

 

コンサルタントをやっている自分が言うのも変ですが、ミッションとかパーパスとか、ああいうのはいかがなものか。西欧的だとどうしてもゴールを設定して、それに向かって行け、という直線の思考。それができない奴は脱落者。アジアはやっぱり違う。ただ、その場に居る、営みを続ける、という円環がいい。コーオウンドの発想は、労働者が資本家になって、その逆も起こる、社長は株主である従業員にお伺いを立てないといけない、そういう点で円環的な世界。僕はそっちの世界に住みたい。

 

 

 

インタビューを終えての所感

 

10年ほど前、ある場で細川さんの博士論文の発表を聞きました。従業員が大株主で会社のオーナーになっている、というユニークな会社経営の仕組み。労働者=資本家、という、資本主義なのか社会主義なのか、よく分らない。ですが、欧米には既に沢山の実践例があり、大部分が好業績を上げているそうなのです。そして更に、従業員の満足度が飛びぬけて高いらしい。細川さんは“コオウンドビジネス“と呼ばれるこの仕組みの日本における第一人者であり、それを推進するコンサルタントだけれど、基盤にある価値観とか、ものの考え方は目的志向とは程遠い、遠いどころか真逆に近い、という所が今回聞き取って分かってきた意外な発見でした。”何かいいことしたい“と、目前に現れた課題にエネルギーを注ぐうちに、次々に道が開けてきた。Steve Jobsの言う”Connecting the dots” にも通じる、運命の導きを感じた物語を聞かせて頂きました。