いや、まっただ中に居る方には申し訳ないと思うが、それってどうなの?と思ってしまう。

 

私は団塊の世代より一回り下だが、バブルを迎える前の日本には「分相応」という言葉がしっかりと根付いていた。

決して裕福では無かったが無理をすれば大学まで行ける環境で育ったが、高校卒業後は社会に出る選択をした一人である。だから私自身も最終学歴は高卒である。

 

一流と呼ばれる会社に入らない限り、大卒であるメリットはそんなに大きくない。

私も大学に進学した友人は数多く居るが、今の生活に取り立てて差があるとも思えない。

 

まぁ、そんな事を踏まえての、あくまで私論であるが「ネコも杓子も高学歴」はそろそろ止めてもよい頃では無いか?

ちまたで言う「おバカキャラ」のタレントでさえ「大学生です」と平然と言う。

奨学金云々言う前に、「大学のあり方」として間違っていないか?

 

私の知人は、親の経済的事情から高校卒業後に一度就職したが、どうしても大学へ行きたいと3年間必死に働いて親に頼らず自費で大学へ入った強者もいる。

 

日本の経済が芳しくない今だからこそ、大学一辺倒の方向は転換するべきであろう。

 

また、会社組織も高卒の就活にもっと力を入れるべきである。

「大学へ入れば何とかなる」等という概念は、すでに存在しない。

 

そして資産が無いのに簡単に「奨学金」という甘事で借金が可能な制度こそ何とかすべきである。

親の経済力も含め、自分自身が無理をしない進路を考える事が、今一番必要な事であろう。

 

俳優の成宮寬喜氏が引退するそうである。

 

写真週刊誌のスクープ記事を受けての事だそうだが、どうも違和感を否めない。

まぁ、当方の主観による物なので真実がどうかは本人にしか解らないのだが・・。

 

第一印象としては、本人の引退表明にも有ったが「罠に填められた」感がプンプンする。

写真や肉声テープにしても、意図的に記録したとしか思えない代物で有る。

当然、記録した本人は、成宮氏のコメント通りで「売る」為に記録した事は間違いなさそうである。

チャーリーというコカインの隠語を使っているらしいが、通常の会話と言うより、成宮氏に「チャーリーが欲しい」と認めさせるよう誘導しているのは文言からも明らかで有る。

 

そう考えると、成宮氏自身が自分の意志で違法薬物を使用していたかが疑問で有るし、ひょっとしたら勧められるままに脱法ドラッグ程度の認識を持っていた可能性すら有る。

 

そこまで考えると、本人の「信頼する人に裏切られて、填められた」というコメントも真実味を帯びてくる。

 

一般人の私ですら、もしこんな状況に陥ったら残るのは絶望だけというのは想像出来る範疇で有る。

正直、もし、彼が違法薬物を口にしていたとしても、私は「同情」の二文字しか思い浮かばない。

 

さて、問題はここからである。

写真情報誌が掲載しているスクープを見ても、一人の人物から流れた事は明らかである。

そして、その人物が成宮氏の言動を誘導している事も。

となると、写真情報誌は芸能人のスキャンダルだからと飛びついたかどうかが観点になってくる。

 

私のような素人ではあるまいし、あらゆる可能性も検討して雑誌に掲載しているだろうとは思うが、情報源の人物調査まできっちり行ったのかを明らかにして欲しいものだ。

少なくとも、この情報提供者は「チャーリー」を一緒にやった事は明らかであり、その時点で既に犯罪者で有り、犯罪者の情報を購入した事になる。

 

倫理観もへったくれも有ったものでは無い。

 

少なくとも犯罪に荷担した人物について、警察に情報を開示し捜査を委ねるべきであろう。

この一件は、その背景が明らかにならなければならない。

「芸能人のキャンダル」で終わらせてはいけない問題だろうと思う。

個人的に言えば、「指原のスキャンダルと次元も根本も違う」と思うのだが違うだろうか?

昨日のニュース記事で79歳の運転する大型車が子供を轢いて死亡したとの記事があった。

子供の飛び出しが大きな要因のようだが、それでも高齢による判断遅れを全否定は出来ないだろう。

ご本人も生活のために運転していたのだろうし、これからの処遇を思い馳せると他人ながら運転者被害者共にお気の毒な限りである。

 

さて、表題であるが前述のような事例は別として高齢になって運転する理由はどこにあるのか、改めて考えてみたい。

 

以前のブログでも書いたが、インフラの整っていない地方部や山間部では生活の足として必要不可欠になっているのは間違い無い。

極論で言えば、免許を奪ってしまうのは生活の足を奪うのと等しいのである。

 

これを回避するには一番手っ取り早いのは自動ブレーキや車線逸脱防止機能を備えたハイテク搭載車の普及なのは間違い無い。

これらは当然というか、必然だと思うが、さらに免許制度の改革は必要では無いだろうか?

 

私ごときが思慮不足ではあるが、生活の足と限定するなら年齢によって排気量の制限も必要では無いかと思う。

いまの普通免許の更に下に「コンパクトカー限定免許」などどうだろう。

80歳以上は排気量1,000cc未満に限るとかの限定設定で。

いっそ、昔のように軽自動車免許もいいかも知れない。

 

団塊の世代が定年を迎えた今、世間がどう批評しようが免許を持った発言力のある年寄りは増えていく。

危険回避と高齢者の生活。

この難しい落とし所を模索して行くのも政治家の仕事だと思うが違うだろうか?