先の記事に引き続きで書くのもなんだが、自分自身は霊感はない方だと思う。


成人後はとんと無いが、子供の頃には「ココは行きたくない」って場所を感じたように思う。


そんな私が仕事で数年前、とある賃貸マンションに行った時。


和室を見て、洋室を見て、台所をチェック。そして、トイレ、洗面と進んできて風呂の扉に手を掛けた途端、足がすくんでしまった。


気を取り直して扉を開けたのだが、足を一歩踏み出した途端に全身に冷や汗がドッと吹き出した。


どうしても風呂に入れない。いや入りたいとも思わない・・ってか入りたくなく(汗)


風呂での作業はなかったので、無事に事なきを得たが、気になって後日発注者に聞いたが、自分の知る限りで事件も事故も発生していないと言う。


気のせいかと思っていたが、たまたま先日そのマンションに行く機会があった。


その部屋を見ると空室。待ち合わせした管理会社の社員に聞くと入居しても半年程で転居されるのだそうで。


不思議な話だが、少なくとも私はあそこに近付きたくは無い(笑)




最近廻りで不幸事をよく聞く。

自分もそれだけ人生の後半に近付いてるんだとも思う。

そういえば子供の頃、お寺に行くと掛かってる極楽地獄の絵をみて怖かったな~。


話を戻すが、不幸事で葬式に立ち会うと故人と最後のお別れをする。

その時の顔がちょっと苦しそうだったり、また笑っているように思うこともある。


死後の世界・・とりわけ極楽や地獄があるのか信仰の薄い私には解らない。


でも、故人の顔を見るに付け、死後の世界があるとすれば、死に至る一瞬の切り取りではないかと思ったりする。

死の瞬間で肉体も思考も活動を停止するなら、そして魂が実在するのなら、その死の瞬間、死の刹那が永遠に続くのはないかと思ったわけ。

仮にそうでなくても、死の瞬間、安堵の気持ちで気持ちで逝けたらそれは幸せではないだろうか。


そういう意味では信仰を大事にしている人は幸せな最後を迎えられる確率が高いかも知れない。

だって、キリスト様なりお釈迦様なり信仰している気持ちが強ければ、無信仰の人より死後の世界に安心感があるもの。


無の世界や地獄を恐れるより、信仰を持った方がきっと晩年は幸せだろう・・と自分では思っている。


いや、自分的にはまだまだ信仰の境地に至っていないが、取りあえず墓参りでもしてみるか。

死んだお袋に怒られそうだ(笑)

あれは一昨日の金曜日。玄関で作業をしていた時の話。


この日は翌日に引き渡しがあって、どうしても当日中に作業を終わられる必要があったので、音が出る作業は早い時間に終わらせて、隣室に迷惑を掛けない作業を少し遅い時間までしておりました。


まもなく作業も終わりそうな午後9時。
玄関扉の横で作業してたら「トントン」ノックの音が・・。


時間遅くなってるしクレームだったら困るので「はい」って出たんだけど、ドアを開けたら誰も居ない。


ちょっと寒いもん感じながら作業に戻ったけど、下の方を触るのにしゃがんだら、また「トントン」って。

今度は黙ってドアスコープから覗いたけど誰もいない。

寒~、文句言われてもいい。今日はもう止めようって片付け初めてふと気付いた。


腰にぶら下げた道具からドライバー飛び出てて、しゃがむ度にノックしてた。それもご丁寧に二度当たってトントンと。


しょーもねーって思いながら、どっかでホッとしたのはなぜ?(笑)