4年前の今日、ほぼ間質性膀胱炎という診断がつきました。
4周年記念日(?)の今朝、細菌性膀胱炎になってました。
昨日の絶不調、細菌性の三文字が頭をよぎりましたが、やはり…
思えば一昨日も頻尿気味で変だなと思いつつ呑気にウォーキングしてました。
そして私はどうしていつも細菌性膀胱炎になるのが、木曜か土曜の午後なのでしょう?
木曜は駆け込み寺(近所の泌尿器科)は休診日です。土曜も午後から休診です。うちの辺りのクリニックは駆け込み寺に限らずこのパターンが多いです。
仕方がないので手持ちのセフカペンピボキシル塩酸塩を飲みました。
細菌性膀胱炎になったのは、昨年6回目のジムソ注入後以来です。1年以上なっていなかったのですが、やはり疲れがたまっていたのでしょうか。
さて話は、4周年に戻ります。
発症のきっかけ、診断がつくまでの紆余曲折(?)はリブログ元に3回に分けて書いています。
4年間色々な(と言うほどでもありませんが)治療をしてきましたが、未だ寛解には程遠い状況です。
私が間質性膀胱炎の記事を書き始めたころ(ブログ自体はもっと前から書いてます)、アメブロでブログを書いていらした間質性膀胱炎の先輩ブロガーさんたちのほとんどは、もういらっしゃいません。間質性膀胱炎がきっかけでブログを開設された方は病気がよくなるとブログをやめてしまわれます。
まあ、よくならなくても、新しい治療法や薬が出ることがほとんどないこの病気ですから、書くことがなくなってきますけど。
先日ふと、学生時代の先輩からの教えを思い出しました。
花の1年
焦りの2年
諦めの3年
悟りの4年
間質性膀胱炎の場合の1年目は花ではなく、怒涛もしくは嵐
という感じでしょうか。
病気の症状もさることながら、厳しい食事制限に翻弄され、心身ともにずたずたになりました。
2年目、ブロ友さんたちがよくなったからと次々と卒業されていく中、最初の医師は何の治療も投薬もなく、当然のごとく悪化する一方だった上、膀胱内を診てもらったこともなくて確定診断がついておらず焦りまくりました。最初の医師に逆切れされたこともあり、京都のクリニック受診を決意、やっと間質性膀胱炎が確定しました。
3年目、待望のジムソという薬が認可され、勇んで注入治療を6回受けましたが、ほぼ毎回細菌性膀胱炎になり、よくなるどころか悪化したとしか思えない状況に。ジムソでよくならないのなら他にこれといった治療法もないので諦めの境地に。
そして4年目、何ら悟ることなく膀胱的NG食品を毎日2か月近く食べ続けた結果、大悪化させてしまいました。
こうして4年で卒業できず、留年となりました。(細菌性膀胱炎にまでなるし)
確か留年できるのは4年までだったはず。
あと4年で卒業できるとはとても思えない今日この頃です。
ちょうどよい(?)のでトイレの写真など貼ってみました。