シアーズに履歴書を送れば「ああ、クラフトマンツールに囲まれて楽しそうだなあ」
ゲームストップに履歴書を出せば「家から近いし、子供たちに社員割引でゲームが買えそうだ」
日系の仕事に履歴書を送れば「日本語がしゃべられるぞ」
と、頼んでもないのに心はいろいろ夢想し出して止まることを知りません。そして返事もなく何度となく消失感を味わうわけで自分で勝手に踊って自分で倒れる。そのうちようやく悲しみも喜びも外からではなく内から来ているという理解に到達するのですが、それがわからないと翻弄され続けます。教科書を読んですべて理解できる人はたぶんこの世に必要ないのかもしれない。自分で体験してようやく理解するために人生があるのか?中には体験しても理解できず、ひたすら山の手線のように同じところを走り続ける。
この世を楽しもうと四苦八苦している人には何もしないのが結局のところ一番良いのかもしれません。クリシュナはすべての人の中で寄り添って見守ってくれています。貧しい人、好奇心が旺盛な人、真実を求めている人、あと一つ忘れた、、4種類の人々が神に近づいていくのですが、「貧しき人は幸いなり」とは聖書だったっけ。どうも僕の歩んでいる道は、きれいなアスファルト舗装ではなさそうです。おかげで
「こんな世界には2度と戻りたくない」
という思いを強くしてくれています。
一ヶ月前に申請した失業保険の事務所から手紙が来て
「許可できません」
あんまり期待してなかったけどやっぱり少し期待してたのでがっくりしていたところ
今日お昼の2時頃、先週面接のあったマイケルから電話があって
「時給7.50ドル、シーズンジョブで来年一月までだけど空きがあれば続けて仕事ができるかもしれない」
条件はあんまりよくないけどたぶんこの話に乗ると思います。時には「内定とりけし」なんていう道徳から外れた話もありますし、就職して3日後のテストで「否」という苦い思い出をあるので、心が勝手に踊らないように、ひたすらクリシュナに祈れますように、祈るばかりです。