所  謂、  東  京  散  歩。 -32ページ目

所  謂、  東  京  散  歩。



世 間 に 遍 く 知 れ 渡 っ た 名 所 や、

少 し 胡 散 臭 い 好 事 家 向 き の 数 多 の 珍 ス ポ ッ ト。

倦 む こ と の な い 東 京 散 歩 の 備 忘 録 で す。

tokyoeki


「そりゃ~これだけ立派な造りなら、お金も高かったでしょ~」と
 新しい駅舎を見た人は誰もがそう思うでしょうが、
 実は【JR】の懐は殆ど傷んでいないとか。
 
「じゃ~どうやって、この立派な駅舎を建てたの? 」の
 謎を解く“キーワード”は『空中権』。
 東京駅はもっと高い建物を建てる権利があったのですが
 その権利(空中権)を周りのビルに売り、
 儲けたお金(約500億円)で
 大正3年に建てられた当時の姿を復元したのです。
 ※この『空中権』を買った所は、規制以上の高いビルを駅周辺で建設。
 
「じゃ~、“一番高い駅”ってどういう意味?」
 
 それは「東京駅を出る電車は、全て“下り”だから・・・」が
 このお話のオチです。
 ※「オレの家の空中権も誰かが買ってくれないかな~(^▽^;)」と思っても、現在は東京駅周辺だけに認められている権利みたい。


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kinen


 ストーリーに関係なくても、
 アメリカの映画ドラマでは
 男女の“恋愛”は必須の要素。
 
 しかしドラマチックに結ばれた2人でも
 “離婚率”の高いアメリカでは、
 確実に60%以上は別れてしまうわけで・・・。
 それを思うと“アメリカもの”は
 バカらしくて見られなくなったと
 誰かが言っていましたが至極共感!
 
 結婚式の「集合写真の撮影会」を斜めから拝見。
 日本では離婚する確率は約38%ですが、
 結婚式を挙げたカップルの“離婚率”は
 相当下がるみたいですし・・・。
 日本での約2/3の確率(幸せ?)に賭けるのは
 まだバカらしい事では無いみたい。

 ※11月は1年間で一番“結婚式”が多い月だとか。しかも本日(11/10)は大安吉日! 全国で一体何組のカップルが“結婚式”を挙げるの~(@_@) 2/3だけど・・・ オシアワセニ! 


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mon


 子供が描いたらしい
 カラフルで楽しいペインティングが
 入口左右の壁を飾ります。
 鉄扉の奥は緑豊かな公園みたい。
 ステキな幼稚園でもあるのかな~? と見ていると
 ネクタイ姿の青年が二人
 扉の隙間から出てきました。
 
 確かに大切なお子様を預かっていることには
 変わりが無いのですが、
 この中に広がっているのは
 日本の最難関大学の「東京大学・駒場キャンパス」
 ※“壁画”は東大生がサポートしている「駒場子ども会」の小学生の力作だそうです。
 
 凡人には、拒絶されるような
 冷たいイメージがある「東大」の“狭き門”を、
 子供の絵で少しでもフレンドリーにしようとする試み?
 ※ここは裏口扱いの「北門」で、もちろん正面には立派で威圧的な「正門」があります(^▽^;)


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baikin


 お寺の前に堂々と“悪人”の像が・・・。
 
 
 いつも最後には
 必殺技の“アンパンチ”を決められ
 お山の彼方までぶっ飛ばされますが、
 全く懲りず主人公以上のセリフの数と
 出演時間で大活躍!
 そんな愛すべき名脇役の石像が、
 保育園もやっている「立善寺(りゅうぜんじ)」の入口に
 立てられていました。
 
 この寺は表札下にあるように
 別名「しょうぶ寺」とも呼ばれているようで、
 “名勝負”には負けっぷりのいい【宿敵】が欠かせないということを
 良く理解されているみたいですネ~。
 
 ※既にお察しだとは思いますが「しょうぶ寺」は「勝負寺」ではなく、もちろん「菖蒲寺」。主人公の石像は見あたりませんでした・・・(*皿* ) バイバイキーン


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yasuda


 “三井”・“三菱”・“住友”・“安田”、
 この4つが戦前には『日本の4大財閥』と呼ばれていました。
 中でも“安田財閥”は「金融財閥」と呼ばれ、
 その金融資本は他の財閥の追随を許さず
 日本最大の規模を誇っていました。
 
 千駄木にある大正時代の和風住宅は
 “安田財閥”の創始者「安田善治郎」氏の【孫(三女の長男)】にあたる
「安田楠雄(くすお)」氏の旧邸宅。
 ※豊島園を造った普請道楽で有名な「藤田好三郎」氏が1919年に建てたものを1923年に買収。以降1995年まで住居として使用。
 現在は寄贈されて“NPO法人”が管理運営、
 週に2日だけですが一般公開されています。
 ※写真では庵(いおり)のようにこぢんまりと写ちゃってますが、お金持ちのお屋敷らしい立派なスケール感のお家です(;^_^A
 
 そして「安田善治郎」氏の【曾孫(ひ孫・二女の孫)】が
 ビートルズのメンバー・故「ジョン・レノン」氏と結婚した
「オノ・ヨーコ」さんなのです。
 この家の主「楠雄」氏とは
【いとこちがい】とか【いとこ半】という関係になります。
 ※よく使う【はとこ】とか【またいとこ】はもう一つ遠い、【従兄弟(いとこ)】の子供同士の関係(^O^)/ 難しいから「家系図」を描いてご確認ください。


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?


 アゴに手を当て
 物思いに耽るポーズだけれど、
 “考える”のには不必要だと思われる
 無駄にたくましい筋肉。
 国立西洋美術館の庭に座る
 ロダンの『考える人』は
 本当に「考えている人」?

 でも“iPS細胞”発見で
【ノーベル賞】受賞が決定した
 今年の『考える人・日本代表』の
 山中伸弥教授の趣味は“マラソン”と
 体をいじめるジムでの“筋トレ”だそうで・・・。
 しまったお体はスーツの上からでも
 ハッキリとわかります。

 やっかみ半分で体育会系を
【筋肉バカ】なんて揶揄しますが、
 どうも「優秀な脳味噌」と「マッチョな体」は
 両立するみたいですネ~。
 ※私の場合は一兎を追う努力もしないから、二兎を得るのは遠い夢・・・(iДi)


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sasaduka


 渋谷区「笹塚」の商店街を散歩していると、
 この街のローカルヒーロー“超鋼祈願ササヅカイン”に
 偶然出会いました。
 ※“超鋼祈願”の部分は意味不明?(T▽T;)
 
 “ササヅカイン”は
「ココロエナジー」をエネルギーとする
 笹塚の住民を守る“謎のロボット”。
 胸には“笹”を大胆にあしらい、
 “笹”からの連想で“ジャイアントパンダ”を
 デザインのベースとしています。
 願いを書いた「短冊カード」を
 胸のスロットルに差し込めば
 その願い事は成就!
 
 そして先月に全国のローソンで開催された
「ご当地ヒーローカード」がオマケで付く
『ご当地ヒーローコレクションキャンペーン〈第2弾〉』では、
 なんと“ササヅカイン”が【東京代表】に!
 しかし冷静に考えてみると、
 有名な“琉神マブヤー(沖縄)”や“時空戦士イバライガー(茨城)”・
 “超神ネイガー(秋田)”などの名前が並ぶなか、
 まだまだぜんぜん無名な“ササヅカイン”なんかに
 東京代表を任せて都民は納得するの~?

「ガンバレ! ササヅカイン!」
「本当に大丈夫か! ササヅカイン!」
「プレッシャーに負けるな! ササヅカイン!」
「いい気になるな!  ササヅカイン!」
 ※商店街をそぞろ歩くヒーローを撮りたかったのに、カメラを向けたら営業用の完璧な“ポーズ”を決められてしまいました。そして何故か握手まで・・・(^_^;)ハズ~



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kyojin


 初台「オペラシティ」の
 吹き抜けになっている円形の庭・
 “サンクスガーデン”に立つ
 巨人のオブジェ。

 大きな人を造る彫刻家
「ジョナサン・ポロフスキー」の
 作品『Singing Man』です。
 いつもは口がパクパクと動いて
 うっすらと歌声が聞こえるのですが、
 この時は休憩中(故障?)だったようで『Silent Man』。
 ※歌っているのは巨人の応援歌『闘魂込めて』、ではもちろんありません(^▽^;) ついでですが「ジャイアンツ日本シリーズ優勝おめでとう!」o(^▽^)o
 
 巨人の目の前・庭の中央には毎年、
 彼よりも背の高い
 ジャンボクリスマスツリーが輝きます。
 今年もそろそろかな? 楽しみです!
 ※と思っていたら“点灯式”のニュースをさっきやってました(;^_^A


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sakuhin

 
「渋谷区文化総合センター大和田」
 エントランス前の吹き抜けに置かれた
 艶やかでドデカイ大理石の固まり。
 彫刻家・安田侃(かん)氏によるパブリックアート作品、
 タイトルは『天秘』です。
 “パブリックアート”とは公共の場所を構成する
 要素の一つとして置かれ、
 その空間の雰囲気をより高めるもの。
 
 それにしても作品の正面で堂々と迎えてくれる
 注意書きの“立て札”は凄いパンチ力、
 まるで「作品名」みたいです。
 一瞬で
作品&空間の雰囲気を
ぶちこわしにする
 新しい“コンセプチュアルアート”にすら見えてきました。

 
※上で跳ね回る子供や、寝転ぶ不埒なカップルでもいたのでしょうか? 寝心地が良さそうなのは確かですが・・・(^_^;)


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dagashi

 子供の頃の思い出は
 その時食べたり飲んだりしたものと
 特に深く繋がっているような気がします。
 例えば、旅行で行った場所は覚えてなくても、
 食べたものは覚えてるみたいな・・・。
 
 “駄”という漢字を頭に付けられて、
「駄馬・駄洒落・駄作etc.」と同じく
 “値打ちのないもの・つまらないもの”の代表のように
 あつかわれている“駄菓子”。
 でも食べていた頃の大切な思い出を
 蘇らせてくれる“駄菓子”の味が
 誰でも一つくらいはあるのでは?
 
 
「雑司ヶ谷・鬼子母神」の境内にあった“駄菓子屋さん”です。
 創業がなんと1781年(江戸時代・天明元年)で、
 231年間も続いていると知ってビックリ!
 ここに勝てる老舗の“お菓子屋さん”は
 都内を探してもそうはありません。
 ※この建物は、幕末の頃に建て替えられたものだとか(@_@) 駄菓子を買う子も、その歴史の重さに少し緊張気味!?(^▽^;)



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