結婚して12年。

会社員の夫とヨガ講師の私の休日は

なかなか一緒にならない。
だから、旅行にも行ったことがない。

それでもふたり一緒に過ごせる
家での時間を大切にしている。

 

 




出会ったころから、

サッカーやプロレス、ツールドフランス…

彼は、何かを熱狂的に

応援するのが好きな人だった。

一方私は、幼い頃に

風呂敷をひらひらとまとい

踊ることが大好きだった。

小学生の頃に劇団に入り、

ミュージカルの舞台に立つ快感を知った。

気付けばずっと踊ることを続けていて。

今でも自分でダンスの振り付けをしながら

舞台に参加している。



ふたりが出会ってから、

彼は私の舞台も必ず見に来て、

応援してくれるようになった。

花束とスタンディングオベーション。

いつもまっすぐに応援を向けてくれる。

この人は、どうしてこんなに純粋に

誰かの事を応援できるんだろう。

それは私の中の疑問だった。




コロナ禍の中。

舞台が出来ないまま数年が過ぎた。

舞台に立つことをやめていく人もいて、

私の中にも迷いがあった。

インストラクターとして

踊りに関わっていく道も

選択肢のひとつなのかもしれない。


迷いの中で、コロナ禍が明けて。

久しぶりの舞台に立つと、

いつものように見に来てくれた彼が、

泣いていた。

 

「君は光の中で、演者として踊る事を

やらないといけない人だ。」

 

どうして泣くのだろう。
泣く程に焦がれるのだろう。


もしかしたら、その裏側に

この人の願いがあるのかもしれない。

いつの日か、演者として、

自分が舞台に立ちたいという願い。

きっと本人はそんなことないよって

言うかもしれないけど。


もしそれがほんとうなら。
立たせてあげたいな。
あの光の中に。

生きているうちに、

経験させてあげられたらいいのに。


でもそれは
叶わない願い。

 

 


「小さい頃、近所のおばちゃんに

おしりをフリフリするダンスを

見せたら笑ってくれて、

アイスをくれた。」

「小6の頃、学芸会でやった

『もちもちの木』の劇で、

メインのおじいさんの役を演じて、

先生に褒められた。」

彼は、そんなことをとても楽しそうに話す。

普段の何気ない会話が私の中に積もる。


この人は、人前に立って何かすることが、

やっぱり好きなのかもしれない。


それでも。そうだとしても。


子供のころならあった、

そんな場所や機会は、

大人になると見当たらない。

舞台の光に照らされるのは、

努力を積み重ねた、

少数の限られた人だけだ。


若くもなく。体形は年相応。

平日は仕事。時間もない。

積み重ねてこなかった人が、

あきらめる理由はいくらでもある。


魂を削って燃やすように、

推しのチームを応援する彼の姿が、

すこしだけ切ない。


それは私の
小さな願いになった。





コロナ禍後に出演した舞台が

出会いのきっかけになった小枝純子監督から、

映像作品に参加してみないかと誘われた。


あまり知らない人の作品に出るのはリスクがある。

はじめは気乗りしなかった。

最終、監督に絆された。

この人は、誰でも良いわけではなくて。

私のダンスが欲しいのだ。

この人なら、私を引き出してくれるのかもしれない。
そう思わせてくれたから。

人たらしなひとだ。





全国に参加者がいる。

全員が揃うのは本番前に一度だけ。

振り渡しは動画で行い、

練習内容も動画を提出して確認してもらう。

練習が始まってみると、

今までの舞台やダンスで経験してきた

それとはまったく違っていた。

参加者も幅広くて。
中学生や、60歳の方まで、年齢は様々。

体形も色々。ダンス未経験者もいる。


なんだこれは。
何が行われているのかと。
驚くことばかりだった。


驚いて呆けている暇はなく。

監督からの振りの指示は、個人のポテンシャルに合わせて変化していく。

それに対応する必要があった。


振りの練習はみんなと確認しながらスタジオで。
家ではイメージトレーニング。

そう積み上げてきた私の習慣は、

今回は通じなかった。

動画を撮影して提出する必要があるからだ。


動画撮影に慣れるまでずいぶん苦労した。

家でも振りの練習をして、

撮影をするようになった。


苦労している私を、彼は隣で応援してくれた。

彼の方からすれば、

私が練習する姿を見るのは

新鮮だったのかもしれない。

私が課題の動画を確認している時は、

隣に座って一緒に動画を眺めてくる。

なんだか真剣な姿がかわいい。

「やってみる?」

冗談のつもりだった。

彼は真に受けた。

謎の練習の日々が幕を開けたのだ。


なんだか彼の中には密やかに、

演者の中にライバルがいるようだった。

僕にだってできるのかもしれない。

そう思わせてくれたライバル(仮)の動画を見ては、勝手に切磋琢磨する。


次々と課題をこなしていく彼は

どこに向かっているのだろう?

そう思っていたある日

「課題を動画に撮ったので、

僕の動画を監督に送ってほしい」と頼まれた。


監督は、自身が指導を担当している演者16名分、

日々上がってくる動画を確認することで手いっぱいだ。

そんなこと頼めない。

だって彼は演者ではないのだ。

「そこをなんとか。。。」
懇願する彼に絆された私は、

押しに弱いのかもしれない。


監督は、この無茶な依頼を快く引き受けてくれた。

動画をちゃんと見て、

彼のいいところをたくさん褒めてくれたのだ。

人たらし、、というよりは、

なんだか監督自身がとても喜んでいるように見えた。


一方、監督に褒められて大いに喜んでいた彼は、

でも少しだけ残念だったらしい。

「スカウト、されなかった…っ」

なんとまあ、欲張りな。
私はなんだか嬉しかった。





演者は各地域ごと3チームに分かれて

スタジオでの練習を重ねた。

チームをまたいで同じ振りをする

群舞パートはオンラインで動きを確認し合う。

同じ角度で、同じ速度で。
その場にいれば目の端でとらえ、

自然に合わせられる。

それをオンラインでやるのは酷く難しい。

秒単位のカウントも、足を出す位置が

少しでもずれると合わない。


楽しくない。

気持ちよく踊れない。

フラストレーションがたまる。

こんなの無茶だ。

回転のタイミングがなかなか合わない。

家で何度も何度も、何度も回った。

 

 



9月。本番撮影が行われるスタジオで、

全体リハーサルが行われた。

演者全員が集まる、本番前の

最初で最後のリハーサルだ。
対面で会うのは初めての人も多い。


なぜかその場所に、彼も見学に来ることになった。

見に行きたい!と言われた時には驚いたけど、

確かにこんなことを目撃する経験なんてあまりできることじゃない。

見たいと思ったなら、見せてあげようと思った。

監督も快諾してくれた。



撮影スタジオのある大阪まで、

彼と一緒に移動する。

旅行みたいだ。

なんだ、旅行、出来るんだ。

それはひとつの
大いなる発見だった。



スタジオに入ってからはそんな発見もどこか遠く。

心地よい集中の中で、時間が流れた。

 



最後の振りが終わって、監督からのOKが出る。

意識が緩んで静寂に包まれたスタジオに、

突然、大きな拍手が鳴り響いた。

あんまり大きな音だったからびっくりした。

スタッフさんが拍手をしてくれているのかな。


その音は、スタジオの一角にある、

らせん階段の上の方から聞こえてくるようだった。

祝福されているような。
歓喜にあふれたその音に、皆が包まれた。


あれ、リカオンの旦那さんやで。

拍手してくれてたの。

後で監督が嬉しそうに教えてくれた。


彼に、そんなことをする度胸があるとは。

よくあんなタイミングで、

あんな事ができたね?と聞いてみれば、

度胸も何も、これはどうしても

伝えなければいけないと、

彼は感じたらしかった。

私が苦心していた回転。

みごとに全員そろって舞っているのを見た時に。

ものすごく感動して。

だって現場で全員で合わせるのは初めてなのだ。

ここに至るまで、ここで合わせられるように。

ひとりひとりがどれだけ積み上げてきたのだろう。

あなた達はとてもすごい事をしてるんだ

ということを、どうしても伝えたくなったんだと。

大興奮で話してくれた。

 

 

 


なんだかすっかりハマってしまった彼は、

11月の本番撮影も当然のように来たがった。

しかし残念ながら仕事の都合でそれは叶わず。

その事に関しては今も、ものすごく不満気だ。


でもまあ、それはそれ。
作品の仕上がりを楽しみに待っている。





スカウトされずにがっかりするくらいなら、

次回は初めから演者として参加した方がいい。

私は勝手に、監督の次回作には

彼も参加させてもらう事に決めている。


僕は仕事を休めないのに、

次回作に参加できるんだろうかと戸惑う彼は、

先日インフルエンザにかかって寝込み、

1週間程仕事を休んだ。

結婚してから初めてかもしれない。

しかしその事によって、

1週間くらいなら仕事を休んでも、

実は何とかなる事が証明されてしまった。

外堀を埋められた。。と頭を抱えている彼は、

実はまんざらでもないのだろう。






二人で
同じ景色を見るのも
悪くないなって。

私はそう思う。


これからは一緒に
いろんなところに行ける。


そんな世界が
ここにあるのが

すごく楽しい。

 

 

 

文:高井ゆりえ