死後の世界に関心を持ちましょう | マレットの囁き

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仏法では、人は死ぬと

 

生きていた時に重ねた罪により、

 

必ず地獄に堕ちると説かれています。

 

宇宙学的に言えば、地獄に堕ちるとは、

 

例えば「焦熱地獄」は、

 

太陽に生じて熱となって地上の生物を潤す働きをするもの。

 

等になります。

 

罪が滅するにしたがって、

 

熱の働きから光等の働きに変化をし、

 

最終的には、その罪をすべて滅し終わるまで、

 

さまざまな宇宙の働きを担う、という事になります。

 

問題はその期間で、それは恐ろしく長遠な時になります。


今の宇宙の寿命は約400億年と仏法では説かれています。

 

現代宇宙科学で、宇宙の誕生から約138億年とすると、

 

仏法では約384億年が宇宙の寿命となります。

 

そのうち生命体が生存できる期間は

 

全体の4分の一に過ぎません。

 

そしてそのわずかな期間に犯した罪の贖罪には、

 

宇宙が4300万回以上も生まれ変わる時間が必要となります。

 

それ故、今世で罪を犯さない生き方が求められるわけですが、

 

そのような生き方が絶対にできない仕組みになっているのです。

 

例えば「殺生」ですが、

 

一度なら生き物を殺したことを懺悔すれば罪は消えますが、

 

二度以上はいくら懺悔しても、その罪は消えません。

 

自分が気付かないうちに生き物を殺してしまうこともあるので、

 

この罪は絶対に免れないとされています。

 

もちろん魚鳥等を食しても、「殺生」の罪となります。

 

より罪の重い「邪見」に至っては、

 

凡夫には「正見」が分からないのですから、

 

やはりすべての人が侵す罪と言えます。

 

今生きているすべての人は、

 

このような過去に犯した罪を、

 

すべて滅罪消滅させたからこそ、

 

人として生きているのです。

 

それは、とてつもなく素晴らしいことですが、

 

人びとはそのことに気付くことなく、

 

「殺生」や「邪見」の日々を送ってしまっています。

 

そして命を終えると、再び長遠な

 

地獄の日々を送ることになります。

 

そのようなことを防ぐために「仏」という存在があります。

 

仏の説く方を「不思議の法」と呼びますが、

 

これは一般人(凡夫)が思いもよらないこと、

 

これを「不思議」と言います。

 

では、いかにして地獄に堕ちないようにするのか。

 

基本的には『南無妙法蓮華経』と唱えることですが、

 

その際に自身の「仏」の姿が現れる必要があります。

 

そのために最も重要なのが「本尊」になります。

 

「本尊」とは自身の「仏の姿」を写し出すものです。

 

これを専門的な難しい言葉でいうと、

 

「具謄本種(ぐとうほんしゅ=つぶさに本種をあらわす)」

 

と言います。

 

このことは「信」がないと理解されがたいものなので、

 

日蓮仏法でも秘伝とされてしまって、

 

それこそ「知る人ぞ知る」の世界になってしまっています。

 

つまりは「知らなくて当然」という事ですね。

 

しかし、自身の「仏」の姿が映し出されない限り、

 

死んだ後の地獄は免れません。

 

正しく自身の「仏」の姿が映し出される本尊に対して、

 

真剣な祈りを込めて題目を唱えれば、

 

自身の「仏」の姿が映し出されて、

 

今までに犯した罪がすべて消滅します。

 

このような事は、正に「信」無くしては信じられないことです。

 

それほどの力があるので、そのことを知悉した仏は

 

正しい法を説き広めようとするのです。

 

これが仏が出現する本当の意味です。

 

時代によって「仏」が変わってしまうので、

 

余計に理解しがたい存在になっているのが仏法です。

 

釈迦仏法と天台仏法、そして日蓮仏法と、

 

その差は時代の違いによって歴然としていますが、

 

そこが見極められないところに

 

今の仏教界の限界があります。

 

分かりもしないのに謙虚に学ぼうとしない。

 

これが今の仏教界の現実です。

 

本来仏道を極め地獄の門を閉ざすべき僧たちが

 

本来の責務である人々を救う使命を

 

まっとうしようとしないのですから、

 

そのような僧の巣窟たる宗教に心を寄せれば、

 

今が良ければ良しとする刹那的な思いになるのも当然です。

 

生きている間が楽しければ死後はずっと苦しみに満ちても良い。

 

それも一つの考え方で、

 

宇宙全般とした場合には、

 

そのような働きをしていただける、

 

つまり辛く苦しいことを率先して引き受けてくれるのですから、

 

文句など、あろうはずがありません。

 

しかし、たかが数十年の楽と、

 

数百億年×4千万回以上の地獄の苦しみと

 

どちらを取るかは、お一人お一人の選択にかかっています。

 

せめてこの宇宙の間だけは、人として楽しんでいただきたい。

 

人として生きられるのは、せいぜいあと50億年弱。

 

人生百年としても、残りあと5千万回あるかないかの人生です。

 

人としては長い時間に思えますが、

 

宇宙から見ればほんの一瞬。

 

よく「光陰矢の如し」と言われますが、

 

本当に人生の過ぎゆく日々は早い。

 

一日一日人生の終末に近づいていることは間違いありません。

 

人生の総決算は「臨終」にあります。

 

その「臨終」をどう迎えるか。

 

より良き来世を迎えるためにも、

 

今一度、死後の世界を考えてみてはいかがでしょうか。