信教の自由と政教分離 | マレットの囁き

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国民によって選出された政治家と言えども

 

個人の信教の自由は当然あります。

 

しかし、それが公人となると、

 

全く別の問題になります。

 

一昔前、公明党の議員のほとんどが創価学会員であり

 

創価学会の役職と兼任するのは政教一致だとの批判がありました。

 

このため公明党の所属議員は全員創価学会の役職を降りました。

 

ある意味、当然の処置だったかもしれません。

 

何故なら、個人としての信仰と、

 

公人としての議員の立場を

 

いついかなる時に、どのように経て分けるかなど、

 

なかなか出来ることではないからです。

 

しかし個人の信仰まで否定されたわけではありません。

 

ところが多くの公明党の議員は

 

創価学会の会合への参加も自粛しています。

 

明確に政教分離を示すための措置なのでしょう。

 

 

他方で、毎年超党派の国会議員が

 

靖国神社に参拝しています。

 

この事に関しては、国民もマスコミも

 

政教一致とは言いません。

 

戊辰戦争の戦没者を祭るために建てられた靖国神社。

 

その後、大日本帝国の国教としての神道の中心であり、

 

最終的には太平洋戦争へと突き進み

 

ついには大日本帝国を滅亡させてしまった元凶でもあります。

 

戦没者の慰霊を弔うと言われますが、

 

戦地で亡くなった兵士は、

 

靖国神社に英霊として祭られることが最高の事だとされたために

 

生きて帰りたい思いを押し殺して、

 

無念の思いで散っていかれた方のいかに多かったことか。

 

戦没者の多くにとっての靖国神社は

 

怨嗟の的とも言えるでしょう。

 

それはさておいても、現在では靖国神社も

 

私的な一宗教法人に過ぎません。

 

そこに国会議員が公人として参拝する。

 

これは特定の宗教法人を

 

特別に宣揚することになるのではないでしょうか。

 

国会議員が特定の宗教法人を宣揚する行為を

 

マスコミもジャーナリストも国民も

 

何故疑問に思い、問題視しないのか不思議です。

 

たまたま与党に公明党が居るので引き合いに出しましたが、

 

それは差し置いても、

 

日本古来から有る神社でもない靖国神社を

 

特別扱いする国会議員の姿勢は

 

周辺諸国から見ても異様な光景に思われています。

 

皆さんはこのようなことに、何ら違和感を感じないのでしょうか。

 

率直なご意見をお聞かせいただければ幸いです。